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フランス人はなぜ猫に「生き方」を学ぶのか?

猫とパリジェンヌについて語ろう! 米澤よう子×ステファン・ガルニエ

2018/02/22

 空気読みすぎ、頑張りすぎに疲れたなら、猫とパリジェンヌみたいに、のびのび自由に生きればいい。そう考えたイラストレーターの米澤よう子さんは、両者共通のリラックス術や生活習慣を考察した『ねことパリジェンヌに学ぶリラックスシックな生き方』を上梓。

 一方フランスでは、音楽業界出身の作家ステファン・ガルニエさんが愛猫ジギーから学んだ「生き方の極意」をまとめた『猫はためらわずにノンと言う』がベストセラーに。日本をはじめ22カ国で翻訳書が発売され、猫好きを中心に「わかる」「しみる」と共感の輪を広げている。

「猫のように生きる」とはどういうことなのか? フランス人はもう実践し始めている? 米澤さんがステファンさんにインタビューしました。

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(インタビュー翻訳:吉田裕美)

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フランス人だってもっと「ノン」と言いたい? 

『ねことパリジェンヌに学ぶリラックスシックな生き方』(米澤よう子 著)
『ねことパリジェンヌに学ぶリラックスシックな生き方』(米澤よう子 著)

米澤 「猫のように生きよう」という本を書かれたのがフランス人で、その愛読者もフランス人というのが実はちょっと意外でした。フランスの人々はすでに、猫のようにためらわずにノンと言っていると思っていたので。

ガルニエ 確かに私たちフランス人には、すぐに「ノン」と言うイメージがありますね。毎日どこかで何らかの権利を求めて行われているデモにも、そんな性格が表れていると思います。でも、フランス人も職場の上司などとの人間関係を築く上で、なかなかノンと言えないこともあるんです。社会のしがらみや礼儀などにとらわれて無理して嫌な人と付き合わなければならないこともあります。「自由に考え、自由に行動する」ところに至るまで、まだそれぞれやるべきことがたくさんあるんだと思います。

米澤 フランス人が「猫になりたい」と思うときは主にどういった場面ですか?

ガルニエ いつでもどこでも、何でもできる自由って、フランス人が憧れてやまないものなんです。「自由でいたい欲求」は歴史的にみても根深いものがあり、遺伝的に我々の身に染み付いているといってもよいかもしれません。フランス人を管理したり統率したりしようとしても、自分の計画や意見に賛同させることができなければうまくいかない。国の統治にしろ、会社内でのチームワークにしろ、アメリカ流の強大なリーダーシップはフランスでは通用しません。フランス人に何か言うと必ずその反対のことをしようとする、なんて単なるイメージにすぎませんが、現実の姿からそれほど遠くないのかもしれません。猫は自由の象徴であって、フランス人ならだれでも仕事や時間や義務などの縛りからもっと解放されて自由になりたいと思っています。

自由な猫に、こちらの思い通り動いてもらうことは不可能? 左・ガルニエ氏の仕事中にキーボードに寝そべるジギー(『猫はためらわずにノンと言う』P.150) 右・米澤さんの学生時代、勉強の邪魔をしにきていたチビ(『ねことパリジェンヌに学ぶリラックスシックな生き方』P.74)

ノンと言っても人間関係にひびは入らない

米澤 私は以前、4年間パリに住んだのですが、はじめは「ノン」と言えず苦労しました。でも言わないと物事が悪い方、意図せぬ方へと向かうことが多々あり、ノンはポジティブな結果を招く言葉でもあるんだ、と学びました。

ガルニエ フランスで「ノン」は、相手を攻撃しているわけでも礼を欠いているわけでもなく、自分の見方を率直に伝えているにすぎません。自分の意見や観点、あるいは何かをする意志があるかどうかを表明しているだけで、言い換えればノンというのはウイというのと同じく自分の思うところを述べています。だから人間関係にひびが入ったりすることもありません。フランス人は自分が大衆の中に埋もれてしまうことを嫌い、それぞれの人格の中にその人だけの独特な部分、「パーツ」を育むことを好みます。ノンと言う機会が多い背景には、そんな文化的側面があるのかもしれません。

米澤よう子氏

米澤 一般的に日本人は「ノン」が言えないとされていて、代わりに「結構です」という否定と肯定ふたつの意味がある言葉を使って強い否定にならないようにしたりします。フランスにはそういったフレーズはありませんか?

ガルニエ 「結構です」のように肯定と否定どちらにもとれるような表現はフランス語にはないですね。ノン以外の表現もないことはないですが、1つのフレーズの省略形だったりします。例えばコーヒーのおかわりを勧められた時、ノンというかわりに「ça ira.」と言ったり。これは「Non merci, ça ira.(いいえありがとう、そのままで)」の省略形で、感謝の気持ちを失していることにはなりません。隠れた「merci」が「結構です」のように拒絶の意味をやわらげる働きをしているのでしょう。またどこかへ出かけようと誘われた時に気乗りがしなければ「Non, ça ne me dit rien.(いや、気が進まない)」「Non, pas pour l’instant.(いや、今はいい)」などのようにノンの一言だけで終わらないように気を付けます。

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