文春オンライン

連載ことばのおもちゃ缶

アナグラム(2)元ネタのイメージを重ねつつ、どれだけイメージを裏切れるか

2015/04/26

genre : エンタメ, 読書

前回「桐島、部活やめるってよ」で多彩なアナグラムを披露した著者。ことばあそびの世界は広がり続ける。

 これくらい多様なアナグラムを作り出せる素材があるのであれば、二人の人間が同時に作っても一致することはあまりないのではないか。そんな発想から発案した対戦式ゲームが、「アナグラムバトル」である。二人が同じお題をもとにアナグラムを作り、どちらがより面白いかギャラリーに判定してもらう。お題はだいたいある共通のテーマを設定していて、「スタジオジブリの映画のタイトル」「村上春樹の本のタイトル」「アイドルの曲のタイトル」などをやったことがある。「○○のタイトル」というパターンが目立つのは、長さがちょうどいいものが多いからだ。あまりに短すぎる素材はアナグラムにするのがきわめて難しくなる。「アイドルの曲」テーマのとき、「少女A」(中森明菜)というお題を出されてかなり苦労した。短すぎると抜き出せる単語が少なすぎて、日本語として成立させづらい。

 それでは逆にものすごく長いお題だとどうなのか。長いお題は、その中からたくさん単語を掘り起こせるのでやりがいがあるのだが、完成させるのに時間がかかる。そして完成させたとしても、どうもいまひとつぴんとこないものになりがちだ。とりあえず一例として、村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」をアナグラムにしてみる。改めて見ても長いタイトルだ。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
→しきさいをもたないたざきつくると、かれのじゅんれいのとし
→華麗なる地元の逸材を、思春期のとき託された

 えー、これが出来上がるまでの所要時間はだいたい20分ほどでした。疲れた。完成品を見せるとそれなりのインパクトは与えられるのだが、元ネタが想像しづらくなってしまいもはや「説明されないとわからない」という域に達してしまう。時間をかけて作ったものをテキストで見せる分にはいいけれど、ライブ感覚を売りとする「アナグラムバトル」では少し不向きだった。だいたい7~20字程度が、元ネタの香りを残しつつアナグラムに出来てちょうどいい。そんなわけで自作のアナグラムを少し並べてみる。

ADVERTISEMENT

はぐれ刑事純情派→受験は常時ハイレグ
アナと雪の女王→同じ京都の鮎
あの鐘を鳴らすのはあなた→田中の姉の花を荒らす

「元ネタのイメージを重ねつつ、どれだけイメージを裏切れるか」が良いアナグラムを作るための重要なコツだ。あとこれくらいのサイズだと、意味は大幅に変わっても言葉のリズムそのものは似通ったものが生まれるというのもポイントかもしれない。私はアナグラムの素材として本や映画、音楽などといった作品のタイトルを使うのが好きなのだが、元ネタがリズムや響きの良さを重視しながら十分に技巧を尽くして考え出されているものだからだと思う。覚えやすく口にしやすい良いタイトルほど面白いアナグラムも作りやすいというのは、実感として確かにある。「桐島、部活やめるってよ」も良いタイトルだし。

【次ページ】