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連載松尾諭「拾われた男」

松尾諭「拾われた男」 #12 「渋谷のチェーン居酒屋で、人生で最も大事な局面を迎えた日」

2018/02/25

genre : エンタメ, 芸能

 中学1年の時、野本という学年で一番可愛いと言われる女子と仲良くなった。どういう経緯で仲良くなったのかはっきり憶えてはいないが、同じクラスで同じ班になったことと、血液型が同じAB型だったからとか、それもあってかなくてか、考え方もよく似ていたからとか、細かい理由はあっても、特に大きな理由もなく自然と仲良くなった。親友と呼べるほどに仲良くなった。本来ならそんな美少女と仲良くなって、恋心を抱かないはずはないのだが、血液型信者の彼女はいつも、AB型同士は友達としては最高の相性だけど、恋人となると最悪の相性になる、と言い、彼女の考えにいつの間にか洗脳され、彼女とはずっと親友だった。

松尾諭さん、NHK連続テレビ小説「わろてんか」に川上四郎役で出演中! 写真提供:NHK

 好きな娘ができるたびに、野本は相談に乗ってくれて、そしてフラれるたびになぐさめてくれて、連敗記録を更新するたびに励ましてくれた。「ええ男やと思うけどなあ」と言う彼女に「じゃあ付き合って」と冗談半分で言うと「AB型やからあかんわ」と、いつもそう返された。

「あんたは大人になったら絶対にええ恋するよ」

 彼女はなぜか自信満々で、よくそう言ってくれたが、いつになったら大人になるのか分からないまま、極寒の思春期を過ごす事となった。

バイト先の3階で出会った沖縄出身の彼女

 映画やドラマにほんのちょろっと出たくらいでもちろん調子に乗れるはずはなく、それ以上にバイトする時間を削っても、雀の涙のような出演報酬しかもらえないのに、飲み代には惜しみなく金を使うが故に、減りつつあった借金がまたも膨らみはじめ、電気やガスを止められても慌てなくなった上京3年目の冬。大作映画の撮影を終え、レンタルビデオ店T屋でのアルバイトを再開すると、映画好きが多く勤める店だけに、ほんの少しだけ有名人のような扱いになり、現場での話をあれこれと聞かれたり、自主映画の出演オファーを受けたりはしてほんの少しだけ調子に乗ってしまい、偉そうに役者論なんかをぶってみたりしても、結局金がないので、バイト三昧の日々を送っていた。

 そんな折、T屋の3階に新人として同じフロアで働き始めた女性がいた。沖縄出身の彼女は、南国の太陽を燦々と浴びて育ったのであろう、いつもニコニコとして、誰に対しても明るく、仕事に対して一生懸命なのだが、世間知らずで、少し抜けたところがあり、そういうところも含めてスタッフからの受けが男女問わず良かった。

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