昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載THIS WEEK

「もっと仕事がしたい」 東芝トップに就任した“三井のエース”の意地

2018/02/26
会見では「男子の本懐」とも ©共同通信社

 経営再建中の東芝のトップに元三井住友銀行副頭取の車谷暢昭氏(60)が就くことが発表された。車谷氏は、会長とCEO(最高経営責任者)となり、現社長の綱川智氏は社長兼COO(最高執行責任者)となる事実上のトップ交代だ。

 東大経済学部を経て三井銀行に入行した車谷氏は、“ドン”と呼ばれた小山五郎元会長の最後の愛弟子で、若い頃から将来の頭取候補と目されてきた。合併で三井住友銀行となってからも「三井のエース」と呼ばれ、副頭取まで昇進を重ねた車谷氏だったが、昨年、頭取に2期下で旧住友銀行出身の高島誠氏が就き、銀行マンとしての出世レースにピリオドが打たれた。

「有力関連会社のトップを提示されたが断り、昨年5月、欧州最大の英投資ファンドCVCキャピタル・パートナーズの日本法人会長に就任しました」(金融関係者)

 この頃、車谷氏は知人に電話でこう訴えたという。

「もっと仕事がしたい」

 悠々自適の第2の人生など考えていなかった車谷氏に声をかけたのが東芝だった。

「メガバンクの出世レースは、役員までは実力がものを言うが、そこからトップになれるかは、合併行ならではの旧行のバランスや前トップとの年齢差など、運も大きく左右する。外資系ファンドで車谷氏の年収は1億円を超えていたはず。それをなげうって、経営再建中の会社に移るのは、『俺はまだ終わっていない。現場で勝負したい』という燃える気持ちがあるのでしょう」(前出・金融関係者)

 就任会見で、東芝再建を「天命」と語った車谷氏には、三井のエースとしての意地もあるという。

「三井住友銀行は東芝のメーンバンクですが、それは旧三井銀行の流れ。三井住友銀行内での三井系の影響力低下の一因が、旧三井銀行がメーンバンクだった東芝や東京電力の凋落にあることも確か」(同前)

 車谷氏は東日本大震災による福島第一原発事故を受け、経営危機に瀕した東電に対し、2兆円の緊急融資をまとめあげた経験もあり、経産省には太いパイプを持つ。

 かつて経営難に陥った東芝を再建したのが、後に経団連会長を務めた土光敏夫氏だった。車谷氏は“第二の土光”になれるか。