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連載高野秀行のヘンな食べもの

イラクの不思議な国民的料理、「鯉の円盤焼き」――高野秀行のヘンな食べもの

2018/02/27
イラスト 小幡彩貴

 先月、イラクへ行った。

 イラクと言えば、アルカイダとかISとかテロ、戦闘のニュースばかりが流れてくるが、意外なことにグルメ大国だった。バリエーションの多さ、味つけのよさ、見た目の美しさ、どれをとってもこれまで私が訪れた国ではトップクラスに思える。

 さらに驚きなのは、イラクを代表する“国民的料理”が「鯉料理」であること。現地では「サマッチ・マスグーフ(略して「マスグーフ」)」と呼ばれる。

 鯉はこの土地では大昔からいる。なにしろ今からざっと五千年前のシュメール(メソポタミア)文明の時代、チグリス=ユーフラテス川が晩秋になると氾濫し、それが「鯉の洪水」と呼ばれていたと粘土板の楔形文字に記されているという。

 フセイン政権時代は養殖地作りの規制が厳しく、鯉は川でとれた天然物がほとんどだったため、マスグーフも高級料理だったが、米軍侵攻後、鯉の養殖が一般化した。今ではちょっと友だちと集まれば、「マスグーフでも食おうか」ということになっている。イラク人は口を揃えて、「フセイン政権が崩壊した後、国はメチャクチャになった」と嘆くが、ことマスグーフに関しては食べやすくなっているのだ。特にバグダッドの人たちはテロや戦闘が多発する状況下でも鯉を食べ続けてきた。

 このマスグーフはなかなか独特な料理である。作り方自体は簡単。体長三十~四十センチの鯉から内臓を出し、背開きにすると、ちょうど円盤状になる。これに塩をすり込んで、あとは薪や炭の火で焼く。基本的には強火の遠火だ。マスグーフを出す店に行くと、焚き火の周りを円盤が取り囲むように配置され、じゅうじゅうと音を立てて焼かれている。「鯉の円盤焼き」と呼んでもいい。

背開きにしたマスグーフを串に刺して焼く
魚レストランのおじさん
円形に並べて焼く店

「でも」と多くの人が疑問に思うはずだ。「鯉って臭みがあるんじゃないの?」