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“特別な街”での、故郷と家族の普遍の物語

『手のひらの京(みやこ)』 (綿矢りさ 著)

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わたやりさ/1984年京都府生まれ。2001年『インストール』で文藝賞を受賞しデビュー。04年『蹴りたい背中』で芥川賞受賞。12年『かわいそうだね?』で大江健三郎賞受賞。著書に『勝手にふるえてろ』『ひらいて』『しょうがの味は熱い』『憤死』などがある。

「東京で結婚して、子供も生まれて、気軽に京都に行けなくなったので、小説で里帰りする気持ちです」

 意外にも、生まれ育った京都を本格的に書くのは初めてという綿矢りささん。本作では、京都に暮らす三姉妹の恋と成長を綴った。

「京都の人は地元愛の強い方が多いと思います。一生京都に住み続けることになんの抵抗もない、むしろ嬉しい人たちがほとんどではないかと。街自体に主役の存在感がある京都を舞台に、色んな女の人を書いてみたいと思いました」

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 結婚を焦る奥手な長女・綾香、モテるが同性に嫌われる次女・羽依、理系でマイペースな三女・凛。〈こんな素晴らしい土地はどこにもない〉と信じる京都人の両親と娘達の平穏な日々に、東京で就職するという凛の決意が波紋を起こす。

「一度は外に出てみよう、という程の軽い気持ちなのに『京都を捨てるの?』みたいに言われて混乱する凛の気持ちは、私にも覚えがあります。盆地で視覚的にも“囲まれてる”感が強いせいか、出ることへのハードルが高いんです。小ぢんまりしているのに、お釈迦様の掌の内のように見渡す限り続いている。そんな思いも題名に重ねています」

〈しっかりしてよ、姉やん〉

〈まあ、無理しいひん程度にがんばったら〉

〈ほんならやめとき〉

 京都弁が独特の風情とリズムをもたらしている。

「表記が難しいかと思ったんですけど、いざ京都弁で書き出したらすごく楽で。むしろ標準語が苦手だと気づかされたというか、東京暮らしもまあまあ長いのにやっぱり私は京都弁ネイティブなんやなと思いました」

“はんなり”ばかりではない。職場の先輩の“いけず”も、羽依が反撃するド迫力の京都弁も、等身大の京都の一部として書き込んだ。

「羽依は勝手に喋りどんどん動いていくキャラクターで、私の中の狂気が迸りやすかったというか……。キレる場面は、書きながら唐辛子たべたみたいに体がカーッと熱くなってくるし、文章にもグルーブが出て。

 狂気が奔り過ぎないようセーブして書いていた頃もあったけど、案外と誰も止めないので、最近は全開ですね。大丈夫かな(笑)」

 新緑の鴨川、祇園祭、紅葉の山々、雪積もる渡月橋。美しい四季の中で三姉妹に訪れる変化。「飛び立つ衝動だけではなく、その代償もきちんと書きたかった」というラストが静かに沁みる。故郷を出ること、家族と離れることの切なさも浮かび上がる1冊だ。

京都で生まれ育った三姉妹。図書館に勤める長女の綾香は内心では結婚を焦っている。恋愛第一の次女・羽依は社内のモテ男をゲットするも女性社員の嫌がらせを受ける。大学院で学ぶ三女の凛は東京での就職を決意するが両親の猛反対にあう。四季折々の景色や風物を織り込みつつ、家族が迎える変化の時を描く。

手のひらの京

綿矢 りさ(著)

新潮社
2016年9月30日 発売

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