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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2018/03/06

メソポタミアの古代粘土板せんべい――高野秀行のヘンな食べもの

イラスト 小幡彩貴

 人類最初の文明は今から五千年ほど前、現在のイラク南部、チグリス=ユーフラテス川の合流点近くの湿地帯周辺で生まれた。いわゆるメソポタミア(シュメール)文明である。

 ここで文明が生まれた理由として、大河の洪水がもたらす肥沃な土地と灌漑農業の発明が主に挙げられるが、私は、ひそかに「粘土」と「葦」に注目している。

 粘土はいわゆる「シュメールの粘土板」の材料である。湿地帯からいくらでも取ってくることができる。パピルスや羊の皮よりはるかにお手軽だ。

 いっぽう、葦。現在、イラクでは「カサブ」と呼ばれているが、葭簀(よしず)を作る葦みたいに軟弱なものだけではない。中には人の頭を叩いて殺せるほど固くて太い、青竹のようなものもある。

 古代シュメール人はこのカサブを適当な大きさに割り、それを粘土板に押しつけることで楔形文字を書いた。インクもいらず、ひじょうに簡便だ。

 もっともカサブが文明においてもっと重要だったのは燃料になったことだろう。人間が集まって住むにはどうしても大量の燃料が必要になる。古代においては当然、薪か炭だ。メソポタミアの場合は、カサブがそれこそ湿地帯に無尽蔵に生えていた。森の木は切っていくとすぐなくなってしまうが、カサブは切っても切ってもどんどん生える。現在、この辺では石油が豊富に産出するが、大昔から大燃料地帯だったのだ。だからこそ、二千年以上にもわたって栄えたのだろう。

 さて、今でもこの湿地帯では粘土とカサブを利用した「ターバック」という面白い食べ物がある。米粉を水に溶き、塩を混ぜたものを薄焼きにする。

 初めて見たときは、「これ、せんべいじゃん!」と驚いた。稲作がこの地に伝わったのは八世紀頃のようだが、この調理法自体はシュメール時代から存在してもおかしくない。米が伝わる前は麦を焼いていたのかもしれない。そして、八世紀に米のせんべいを作り始めていたとしたら、それはやはり世界最古かもしれない。

 作り方も面白い。まず、竈(かまど)に火をつける。竈といってもバーベキューに使うような細長い台で、そこに長さ三メートルものカサブを突っ込んで火をつける。湿地帯では今でも煮炊きの燃料にカサブを使っている。竈に直径五十センチ、厚さ三センチほどの粘土板(これをそもそもターバックと呼ぶ)を置き、熱する。粘土板は筆記用具だけでなく、料理用具でもあったのだ。

米粉溶液を粘土板に塗る
粘土板せんべいを炙る
米粉溶液を塗りつけた粘土板を立て、カサブの直火でこんがりあぶる

 粘土板が赤くなるほど熱くなったら、地面におろし、米粉と水と塩を混ぜたものを表面に薄く塗る。米粉溶液は熱されてプスプスと泡立つ。さらに粘土板を立てて、直接カサブの火で固まってきた米粉溶液を炙る。表面が焼けてこんがりキツネ色になったら出来上がり。直径五十センチ、厚さ五ミリの、まるでピザのような巨大せんべいだ。

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