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今回の『私の消滅』では、かなり無意識を使うことになりました――中村文則(1)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2016/07/30

genre : エンタメ, 読書

note

結局、人間は自分の内面の暗いところを持ち歩きながら生きている

瀧井朝世

――大学生の時にドストエフスキーにハマった、とおうかがいしていますが、これも『地下室の手記』が最初だったとか。

中村 そうです。ドストエフスキーもものすごく物語性がある人ですから、そこを否定すると、ドストエフスキーも純文学ではなくなってしまう。だから純文学と物語性があるものを分けるのはやっぱり間違っていると僕は思う。

――小説を書き始めたのは大学生くらいからですか。

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中村 高校生の時に暗かったので詩や日記を書いて、それが短篇になって、というのをやっていました。でもあまり小説を書いているという自覚はなかった。それで大学3年生の時に、卒論用のワープロがあったので、一回長篇小説みたいなものをやってみようと思って書き始めたらしっくりきて。やりたいことがそれだったんでしょうね、もともとね。それで人生1回しかないので、挑戦しようと思いました。そこからですね。

――卒業して東京に来て、アルバイト生活をしながら書き続けて応募して。

中村 そういう生活を2年間送りました。

――ある時書き方をがらっと変えてできあがったのがのちにデビュー作となる『銃』だったという。実は最初、新潮社に持ち込もうとして編集部に電話されたんですよね。

中村 そうそう、電話したらすごく丁寧に温かく新潮新人賞に応募するように教えてくれて、それでここに送ろうと思って送ったら受賞しました(笑)。それまでは現代文学っぽいものを書こうとしていたんです。プロになるために。でも書いていて面白くなくて。途中で俺は何をやっているんだろうと思って、デビューとかどうでもいいから書きたいことを書くことにして、拳銃を拾った青年の意識を丹念に書くということをしたんです。自分でもいつの時代の話だよって思いながら書きました。でもすごく楽しかった。だからもういいやと思ったんです。それが新潮新人賞をいただくことになりました。

――意識の流れみたいなものを書きたかった、ということですか。

中村 ヒントになったのはアンドレ・ジッドの『背徳者』という本でした。その序文で、「わたしはこの書を以て訴状とも弁疏ともしようとは思わなかったのである。/わたしの意はよく描くことと、おのれの描いたものをはっきりさせることに在る」と書いてあって、ああそうだと閃きました。主人公の意識の流れをそのまま書いてみようと思ったんですね。それで書いていたら、〈私〉という非常にパーソナルな一人称なんだけれども、自分のことを客観視する文体ができたんです。

――その『銃』が話題となり、第二作の『遮光』(04年刊/のち新潮文庫)で野間文芸新人賞を受賞されるという。これもあるものを大事に持ち歩く男の話ですよね。

遮光 (新潮文庫)

中村 文則(著)

新潮社
2010年12月24日 発売

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中村 そう、もう一回やったんですよね。結局、人間は自分の内面の暗いところを持ち歩きながら生きているということですよね。『銃』も『遮光』もどちらも内面を物体化して持ち歩くというアイデアです。

――その次の「土の中の子供」(『土の中の子供』所収/05年刊/のち新潮文庫)で芥川賞受賞ですよね。刊行は後になりますが『悪意の手記』(05年刊/のち新潮文庫)が先に書いたもので、それで三島由紀夫賞の候補にもなっている。順調に評価を得てきた印象ですよね。

土の中の子供 (新潮文庫)

中村 文則(著)

新潮社
2007年12月21日 発売

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悪意の手記 (新潮文庫)

中村 文則(著)

新潮社
2013年1月28日 発売

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中村 非常に優秀な新人ですよね(笑)、新潮社からするとね(笑)。

――初期は〈私〉という人称を使われているんですよね。それが〈僕〉にかわっていく。

中村 『最後の命』(07年刊/のち講談社文庫)を書いた時に、当時の能力では〈私〉という一人称でこれ以上いいものは難しい、というところまでいったと思ったんです。それで今までの自分を超えるには人称を替えないと、と考えました。それで、30歳になるのをきっかけに〈僕〉に替えたんです。それまでに『世界の果て』(09年刊/のち文春文庫)という短篇集に収録されたもので〈僕〉は使っているんですけれど、長篇ではじめて〈僕〉にしたのが『何もかも憂鬱な夜に』(09年刊/のち集英社文庫)。〈僕〉に替えることで違う技術が身に着けば、また一人称の〈私〉で『最後の命』よりもいいものが書けるだろうと思って。チャレンジしていかないと、向上できないので。

〈私〉は3音ですが〈僕〉は2音で、そうするとリズムも変わるから文体も変わる。今回の『私の消滅』が〈私〉と〈僕〉が混在しているし、『教団X』の手記で〈私〉という人称を使ってああいう描写をしたりできたのは、いろいろ挑戦をして、いろんな発見ができたからでしょうね。

最後の命 (講談社文庫)

中村 文則(著)

講談社
2010年7月15日 発売

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世界の果て (文春文庫)

中村 文則(著)

文藝春秋
2013年1月4日 発売

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何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)

中村 文則(著)

集英社
2012年2月17日 発売

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