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連載春日太一の木曜邦画劇場

春日 太一
2016/10/11

激しい殺し合いを尻目にジャズに興じる粋な殿様!

『ジャズ大名』

source : 週刊文春 2016年10月6日号

genre : エンタメ, 映画

1986年作品(85分)
KADOKAWA
2800円(税抜)
レンタルあり

 七月に公開された『シン・ゴジラ』が今も大ヒットを続けている。庵野秀明総監督はこの映画に今は亡き岡本喜八を重要な役柄で登場させ、「私は好きにした、君らも好きにしろ」という書き置きを劇中の人物たちに残させている。

 この言葉は、ただ劇中で使われただけではない。岡本を敬愛する庵野が、これまでの岡本の映画人生からそう感じ取り、困難な現場に臨む自身へのメッセージとして受け止めたのではないか。そう思わせるほど――岡本が憑依したかのような――常識に縛られない演出を庵野は見せていた。

 実際に、「私は好きにした」と感じ取ることができるだけのフィルモグラフィを、岡本喜八は刻んでいる。前半は東宝の社員監督として、後半はフリーとして、さまざまな物理的な制約と戦いながらも、自由な発想と奇想天外な演出で、観客を楽しませたのだ。

 今回取り上げる『ジャズ大名』は、岡本の「好きにした」ぶりを存分に味わえる作品だ。

 物語は南北戦争中のアメリカから始まる。オレンジ農場を抜け出した三名の黒人はアフリカに帰ろうとするが、船は難破、日本に漂着した。

 岡本演出は冒頭から意表を突いてくる。黒人たちの声は吹き替えで、しかも「オラたちは~」「~だべ」と訛りまくる。そこに、「なにが奴隷解放だ!」といった、無声映画のような字幕が挿入されるのだ。

 三名は駿河の貧乏小藩に漂着する。時は大政奉還後の動乱期。倒幕か佐幕かで世間が揺れる中、この藩の若き藩主(古谷一行)は世情に興味なし。どちらに付くこともなく、飄々と日々を生きる。そして、三名がそれぞれに持ち込んだ管楽器で演奏するジャズの調べに魅せられ、自らもクラリネットで参加するようになる。

 終盤の展開が凄まじい。戊辰戦争が始まると、藩主は両陣営の通り道として城中を提供、自らは地下の座敷牢に籠って黒人たちとジャズに興じる。藩士たちもそれぞれに得意な楽器やソロバン、洗濯板など使える道具を用いて参加。藩総出のセッションへと拡大していく。その一方で、城内では幕府軍と新政府軍の凄惨な殺し合いが行われていた。

 そんなことはお構いなしに藩主たちはヤケクソのような没我のテンションで演奏を続ける。そして、この演奏会が二十分近くにわたって繰り広げられたまま終幕になるのだ。

 時代の流れと関係なく「好き」に生きようとする人間たちを、「好き」なように演出する監督の姿が、そこにあった。この人は本当に「私は好きにした」を実践した人なのかもしれない。そう思える展開だ。

 そんな喜八イズムが現代に蘇り、大観衆を沸かせる――。なんと嬉しい出来事だろう。

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