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なぜ欧米において日本人といえば「ゲイシャ」なのか

原田マハが『舞台の上のジャポニスム』(馬渕明子 著)を読む

2018/03/25
『舞台の上のジャポニスム―演じられた幻想の<日本女性>』(馬渕 明子 著)

 あの未曾有の災害、東日本大震災からまもなく七年が経つ。いまでも思い出されるのは、海外のメディアが伝えた「被災地の人々の様子がいかに冷静沈着だったか」というニュースである。混乱も暴動もなく、炊き出しの列に整然と並ぶ彼らの画像や動画がネットで配信され、瞬く間に世界中の人々が共有する新たな「日本人のイメージ」となった。

 だが、多くの人にとって日本とは未踏の国であり、アニメとフジヤマとゲイシャの国だ。それにしても、なぜそこまで「ゲイシャ」という言葉が知れ渡っているのだろう。日本人ですらほとんど触れる機会のない芸者の存在を、たとえばパリのタクシードライバーが、なにゆえ知っているのだろうか?

 本書において、私はそんな積年の疑問にようやく答えを見出した。

 欧米において「ゲイシャ」というシンボリックな日本女性が登場したのは十九世紀後半、パリの劇場の舞台の上でのことだった。当時、文化・芸術の発信地であったパリではおよそ十年に一度万博が開催され、開国まもない日本はここに「ゲイシャ」的な女性たちを「見世物」として送り込んだ。また、浮世絵などの日本美術が盛んに紹介され、印象派の画家たちに影響を与えたことはよく知られている。この頃に、西欧人、特に紳士たちにはエキゾチックで官能的な「ゲイシャ」のイメージが刷り込まれ、定着したのである。

 十九世紀末、パリは演劇の都でもあった。本書によれば、一八八八年の調査で週一度劇場に行くパリジャン、パリジェンヌの数は五〇万人(パリの当時の人口は二二〇万人)に上ったという。各劇場は面白い出し物を打ち出そうと鎬を削った。そこで当時流行していた日本趣味(ジャポニスム)の演劇が次々に仕掛けられたのだ。

 本書ではポスターや絵入り雑誌の図版とともに、演劇のあらすじと劇評が細やかに紹介されていて、実に面白い。タイトルだけ見ても『コジキ』(乞食ではなく古事記)『美しきサイナラ』(サイナラという名前の日本女性がヒロイン)など、日本人は絶対に思いつかないタイトルだし、あらすじでも、実は誰も見たことがない日本女性がいかに西欧人の幻想を助長していたかがうかがわれ、ときに滑稽で、「上から目線」で、ほろ苦い憧れがあるのがわかる。

 インターネットで瞬時にしていかなるイメージにもアクセスできる今日、かくも長いあいだ幻想の砦に匿われ続けてきた日本人女性像がいまだに存在していることは、一種のファンタジーだというべきだろう。と同時に、本書は、世界の中の日本人(女性)のイメージを私たちが自己認識するきっかけを与えてくれる。そう、実際には、私たちがもはや西欧にとっての「夢の女」ではあり得ないことも含めて。

出典:文藝春秋2018年4月号