文春オンライン

ついに自殺者まで 韓国社会が#MeToo運動に戦々恐々とする理由

文在寅政権に大打撃。演劇界から政界まで、奇しくも進歩派ばかりが俎上に

2018/03/09
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 2016年後半に美術関係者などが中心になった動きがあったが、朴前大統領の弾劾騒ぎでうやむやに。ところが今年の1月末、検事(女性、40代)が検察内の掲示板に、8年前に上司からセクハラを受けた事実を書き込み、それが報道されると、今度は瞬く間に演劇界、芸能界、そして文学界へと動きが広がった。

「あの人も!」という驚きと落胆が積み重なる中で、さらなる激震が走ったのは3月5日。

クリーンなイメージで知られ、次期大統領候補ともいわれていた安熙正・忠清南道知事の前随行秘書(30代、現政務秘書)が、知事から性暴行を受けていたとテレビで生々しく証言したのだ。

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2月末に呼び出されたマンションでの一幕

 安知事は、昨年5月に行われた大統領選挙の前哨戦、党の予備選前後からめきめきと頭角を現わした人物だ。「共に民主党」の予備選では文在寅大統領に次ぐ票を獲得し(文大統領とは約20万票差)、清廉で賢明なイメージから人気はうなぎ登りに上がった。

随行秘書から告発された安熙正氏 ©時事通信社

 1965年5月生まれの52歳で、政界入りは1989年、国会議員の秘書としてスタートしてから。2010年に当選した故郷の忠清南道知事選で内助の功が話題になった夫人とは大学時代に知り合い、政界入りした年に結婚し、大学生の息子が2人いる。学生時代には文大統領と同じく民主化運動に身を投じ、2回収監されたとも。また、2002年の故・盧武鉉元大統領が当選した大統領選では盧武鉉陣営で政務チーム長を務めたが、2003年、企業から大統領選挙資金を受け取っていた容疑で逮捕され、懲役1年となっている。

 そんな浮き沈みを超えて、次期大統領候補にして「共に民主党」のエースと囁かれ、順風満帆かにみえたが、まさにジキルとハイド、その化けの皮がすっかりねこそぎ剥がれ落ちてしまった。

 昨年6月に抜擢された前随行秘書は、出演したテレビ「JTBC」で、出張を共にした海外を含め、4回の性暴行を受けたと証言した。2回目には、「分からない」「難しい」と自身ができる最大限の拒絶をしたが、結局、暴行されたと絞り出すように吐露している。

安知事が密会に使っていたマンション(筆者撮影)

「なぜ告発に至ったのか」というアンカーの問いには、2月末にも呼び出されたソウル市内のマンションでの一幕をあげ、こう切実に訴えた。

「#MeToo運動が広がって(知事は)不安になったようでした。『#MeTooを見て、君を傷つけたと悟った。すまない。あの時は大丈夫だったか』と言うので、ああ、今日はああいうことはしないだろうと思ったら、結局その日もそうだった(性暴行を受けた)。

 知事は常に『君は私を輝かせる鏡だ。透き通るように輝かせろ。影のように生きろ』と言っていた。もう、知事から逃れられないと思った。実際に私自身がなくなることもあると思った。身の安全が優先と思い、放送を通じて国民に守って欲しいと思った」(JTBCより)

北朝鮮ニュース一色だったところへ飛び込んできた

 安知事側は、「不適切な性行為はあったが、合意だった」と返答したが、翌日には安知事自身が前秘書の話を全面的に認め、自身のフェイスブックに「◯◯さん(前秘書の名前)本当に申し訳ありません。(中略)すべては私の過ちです。本日付けで道知事職から下ります。一切の政治活動を中断します。重ねてすべての皆さまにお詫び申しあげます」と書き込んだ。所属党の「共に民主党」は告発があった3月5日すぐに緊急会議を招集し、安知事を除名している。

 安知事が告発されたその日はちょうど韓国から北朝鮮へ特使が送られた日で、そのニュース一色だったところへ飛び込んできたのが、この告発だった。

「JTBCで何かやるらしいという話が入ってきて、急いで見てみたら、もう驚いて言葉がでませんでした。そこにいた記者たちのほとんどは、秘書がうそをついているとまでは思わなかったものの、にわかには信じられなかった。『まさか、あの安知事が……』と話していたら、安知事側がすぐに『不適切な性行為はあった』と認めたので、『あったのか』とうなだれながら、紙面変更におおわらわでした」(韓国全国紙記者)