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鳥集 徹
2018/03/13

医師までが「作り話だ」と……みんな平穏死を見たことがないだけ

編集担当 ネットの一部では、「死ぬ間際の人が『愛してる』なんてドラマのように言えるはずがない。こんなのは作り話だ」とまで言われて、心ない反応もありました……。

長尾 そう。ある医師限定の医療サイトでも、ほとんどの医師が「作り話だ」と言って、僕が「作り話じゃない」と書いたら炎上したんです。別に炎上するのは構わないんですが、みんな平穏死を見たことないから、知らないだけなんです。僕は麻央さんと同じような人を在宅で実際に見ている。小さな子供がいる30代の乳がんの女性を看取った経験も2例ありますが、死の直前まで訪問看護師や僕と話していました。ですから僕は事実だと思っています。多くの人が亡くなる直前までしゃべってますよ。そういうことを知らない。多くの医師や看護師は自然死、平穏死をまだ一度も見たことがないんです。

市川海老蔵さんに「愛してる」と言い遺して息をひきとった小林麻央さん ©文藝春秋

鳥集 ご本人が、「眠らせてくれ」と言った場合はどうするんですか?

長尾 睡眠薬をある程度強めに飲んでもらうということになると思いますが、鎮静の判断は本当に難しい。欧米には「パリアティブ・セデーション(緩和的鎮静)」という言葉があり、安楽死とは違うとされているんです。仮に死期が早まっても「何がおかしいんですか? 全然何も問題ないです。どっちみち死ぬでしょう」と。でも、日本だと人為的な薬剤投与でちょっとでも命が縮まったら、「安楽死をやった」と言われかねません。だから、在宅での看取りをする医師がなかなか増えない。

安楽死を認める国も多い欧米との文化の違い

鳥集 欧米ではスイス、オランダ、ベルギーなど安楽死を法律で認めている国も多いですが、肉体は滅びても魂は残るというキリスト教的な考えが強いからでしょうか。

長尾 欧米人は、自分が正常じゃなければ人間じゃない、正常でないなら意識を消してしまってもいいという考え方が強いようですね。でも、日本人には、もともとはっきりした自分がないせいか、死に方も簡単には決められないんです。今日亡くなった患者さんも、昨日、「娘さんは、最期は病院でって言ってるけど、家と病院とどっちがいいの?」って聞いたら、「どっちでもいい」って言って、結局奥さんが家で看取ることを選びました。

鳥集 今の日本社会は「死」というものをすごく遠ざけていて、自分がどんな最期を迎えたいかあまり考えないし、家族とも話をしません。やはりそれはやるべきことでしょうか?

長尾 これが難しくて。僕も一人暮らしの母親に聞いたんですよ。「お母さんもう86歳だし、だんだん動けなくなるから、施設に入るか?」「最後は病院がいいの? 家がいいの?」って聞いたら、「なんてこと言うの!  親にそんなこと聞くものじゃない!」って、えらい怒られて。結局、車にはねられて即死だったんですけど。

鳥集 エーッ。

長尾 あらかじめ元気なうちから、命の終わりについて患者・家族や医療者たちと一緒に話し合っておくプロセスのことを「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」と言って、日本でもやっておくべきだと思うんですが、まだまだ難しいと感じる人が多いのが現実です。「もしバナゲーム(Go Wish Game)」という、「もしもの時にどうケアしてほしいか」「どこで誰にそばにいてほしいか」といったことを話し合える米国発祥のカードゲームがあって、日本では亀田総合病院(千葉県鴨川市)の緩和ケア科が中心となったiACPという団体が普及活動をしています。そうした遊び感覚で、ちょっとずつ家族で死の心づもりをしておくことは、いいことだと思うんです。

鳥集 地域の老人会なんかでも、「自分はどう死ぬか」を話し合ってみる会を開くといいかもしれませんね。

長尾 それもいいですね。そうした町づくりに関わることこそ、医師会の仕事なんです。医者嫌いで、在宅医療を受けてないおじいちゃん、おばあちゃんだっていっぱいいます。そういう取り組みを上手にやって、在宅で平穏死を迎える土壌を作るのが、本当は医者の仕事なんです。