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なぜアメリカ人僧侶の「瞑想」講座はビジネスマンに人気なのか

50年後のずばり東京――3・11後に現れた外国人僧侶(前編)

2018/03/26

 最近、町を歩いていてこう思うことはないだろうか。

ノンフィクション作家・佐々涼子氏

「どこも、年配の人が多いな」

 かつて若者の街と呼ばれた渋谷や原宿あたりを歩いていてもそうだ。ましてや住宅街では若い人に出会う確率がもっと少なくなる。夜、スーパーに入ると、蛍光灯が煌々と灯った食料品売り場には、まだ刺身が余っていて、店員が値引きシールを貼ると、年配の人たちがそれを目当てに集まってくる。

 開高健の著書『ずばり東京』には、猥雑な東京の風俗が生き生きと描写されていた。あれから50年、日本人は年を取った。我々はこのまま年を取り続け、間違いなく多死時代に突入していく。2030年には、年間で160万人を超える日本人が亡くなるらしい。

 こんな時代に、私が関心を持ったのは「東京の仏教」である。6年ほど前に、終末医療の現場を取材した。医療は身体を治すものだから、当然できないこともある。しかし、最後まで無理な治療にすがってしまうのは、他に支えるものがないからではないか、と思ったのだ。

 こういう時に何が必要かと考えたら、死への不安を扱うのは、昔から宗教と相場は決まっている。そこで仏教に注目した。欧米ではホスピスにチャプレン(聖職者)がいて、精神的に支える役目を果たしている。では、日本はどうかというと、一部に動きはあるものの、まだなかなか広まってはいかないようだ。以前、知り合いの僧侶が、病院に傾聴ボランティアに行ったところ、おばあさんから「誰か亡くなったんですか?」と聞かれたそうだ。仏教は死者供養のイメージが強いのだろう。笑い話のような本当の話だ。

日本の仏教は、先祖供養の意味合いが大きくなった ©iStock.com

 そんなことが入り口となって、アンテナを立てていたところ、最近、海外の仏教の指導者が、よく東京に来ているのが気になった。昔、バブルの時代には、マイケル・ジャクソンやマドンナが来て世の中を沸かせたが、最近は海外の僧侶である。このブームの先駆けを作ったのは、2006年、著書『怒らないこと』が、23万部のベストセラーとなったスリランカ出身のテーラワーダ仏教(上座部仏教)の僧侶、アルボムッレ・スマナサーラ氏だろう。彼は渋谷区にある寺で瞑想指導をしている。世界的なマインドフルネスブームの先駆けになったベトナム戦争の反戦運動家で詩人でもある、ベトナム人僧侶ティク・ナット・ハン氏の僧侶団も、2012年以降、毎年来ているし、チベット仏教の指導者でありノーベル平和賞受賞者、ダライ・ラマ14世もたびたび講演会を開いている。東京にいれば、ゴージャスな顔ぶれの僧侶に出会える機会が多いのである。

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