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外国人僧侶が説く、「人生はメンドクサーイ」というブッダの教え

50年後のずばり東京――3・11後に現れた外国人僧侶(後編)

2018/03/26

 これから間違いなく多死時代を迎えると言われるこの頃、海外の仏教がブームになりつつある。アメリカ人僧侶による講演会にも、多くの参加者が集まっていた。大企業が、「マインドフルネス」を社員の福利厚生に導入している例もあるという。
 後編では筆者・佐々涼子氏がチベット仏教の僧侶バリー・カーズィン氏による合宿(リトリート)を体験し、新しい時代の幕開けについて考える。

※「なぜアメリカ人僧侶の「瞑想」講座はビジネスマンに人気なのか」の続きです。

マインドフルネスは世界的な流行になっている ©iStock.com

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 一過性の流行だと思ったマインドフルネスは、むしろ深化しているのではないか。興味を持った私は、5泊6日の精進湖を望むホテルで行われた合宿に同行した。

人生は「メンドクサーイ」

 参加者は約20人。参加費は14万円ほどと高額である。仏教のリトリート(合宿)だというのに、五体投地もなければ、合掌しての挨拶もない。体験をシェアして泣いたりすることも一切しない。ただし食事はベジタリアンメニューで、夜は風呂に入って眠るだけだ。お互い、沈黙を守り、質疑応答のほかはしゃべらないルールだ。

 バリー氏は、優しくほがらかで、英語の中に時折片言の日本語を織り交ぜ、冗談を言ってみなを笑わせた。

「ダライ・ラマ法王猊下は、改宗しないでくださいと言っています。ですから最近は、ジューブー(ユダヤ教×仏教)、キャソブー(カトリック×仏教)のほか、神ブー(神道×仏教)のような人たちが出てきています。仏教の教えの中で、いいものがあったら取り入れてくれれば、それでいいのです」

 リトリートは午前中に3時間、午後にも3時間とみっちり仏教哲学を学ぶもので、関心のある者が集まっているというだけあって、内容はディープだ。講義の合間に、10分ほどの瞑想実践や、30分ほどの歩く瞑想が行われる。参加者の中にはドイツ人やスイス人もおり、企業の取締役、教育施設の職員、病院関係者、NGO職員、ヨガティーチャーに、有名企業の会社員もいる。少年の矯正施設の職員はこんなことを話してくれた。「子どもたちにもマインドフルネス瞑想を教えてはいますが、教える側の心の健康は欠かせないので、まずは自分自身の取り組みを大切にしています」。バリー氏が医師ということもあり、人を支援する人たちが燃え尽き症候群になるのを防ぎ、ストレスに対する耐性をつけるため、瞑想を習いに来ることが多いようだ。

 バリー氏は言う。悟りとは羽ばたく鳥のようなもので、片翼は智慧(空(くう)の理解)、もう片翼は一切の命を区別しない慈悲である。彼の説く仏教は、中観派と呼ばれる大乗仏教の一派だ。彼の話には深遠なる「空」の世界が広がっている。

「あなたには確固たる自我があると思っているでしょうが、あなたというエゴがあるというのは幻想です。あなたという主体もなければ、あなたが慈悲を向ける客体もありません。我々の肉体も、あなたの下に敷いている座布団にしてもそうです。確固たる物体があるとあなたは思っているかもしれませんが、それは幻影にすぎず、我々を構成する原子は、量子物理学によると、99.999999999999パーセント空っぽであると言われています。科学の視点で見ると、昨日の座布団と今日の座布団は同じものではありません。刻一刻と変わっていき、過去も、未来も、ひとつとして同じではないのです」

 彼は参加者の女性から、綺麗な翡翠色をした長い数珠を借りると、その玉を繰りながら言った。

「意識はこの数珠玉のようにつながっています。何かの感覚が起こると、意識が生まれ、連続していきます。その継続が命なのです」

 意識の連続体が命であるなら、私たちは瞬間、瞬間、意識により生成されるに過ぎない。フランスの化学者ラヴォアジェの言う「生も死もない」世界にいるということになる。

 美しいな、と思った。もっとも、書いていても難解でよくわからない。

「まずは知識で理解し、それから瞑想実践をする。それを繰り返します。すると最初はわからなかったことが、次第に理解できるでしょう。今わからなくてもダイジョウブデース。ダライ・ラマ法王猊下は、ピクニックに行くような気分で聞いてくださいと言っています」