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歴史を小説にするヒント 高橋克彦×門井慶喜

新直木賞作家・門井慶喜さんがオール讀物推理小説新人賞を受賞した時の選考委員だったのが『炎立つ』『火怨』などで知られる高橋克彦さん。
新人時代から直木賞まで門井さんを見守ってきた「文壇の父」と語る。

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高橋 この度は直木賞受賞、本当におめでとうございます。選考会でも圧倒的な評価だったようですね。

門井 ありがとうございます。

高橋 お会いするのは今日が初めてですが、私は門井さんが「天才たちの値段」で第39回オール讀物推理小説新人賞(2000年)の最終候補に初めて残られたときの選考委員でした。「天才たちの値段」は、美術作品の真贋を判断できる味覚を持った人物や美術史専攻の学者が、ボッティチェッリの絵画の謎を解いていくミステリーで、贋作を見抜く鍵の発想が素晴らしかった。当時の選考委員は西木正明さん、大沢在昌さん、宮部みゆきさんと私でしたが、このときの選考会では、最初の採点で自分以外の3人は門井さんに二重丸をつけたんです。いつもだと、それで受賞決定となるのですが、私がトリックの瑕疵(かし)を指摘した。文章や構成はとても良かったのですが、画布が純金の糸で織られていたと書いてあるのです。そうすると画布はかなりの重さになってしまいますから、画商は普通のキャンバスではないことに必ず気が付くでしょう。これではそもそも話が成立しないと思いました。私も美術ミステリーを書くので、どうしても見過ごせなかったのです。

門井 選考会後に編集者にそのことを言われて、電話口で二の句が継げませんでした。まったく気が付いていなかったんです。

「この人はどういう人物なんだろう」と思っていた

高橋克彦 ©文藝春秋

高橋 門井さんはそれから4年連続で最終候補に残られましたが、毎年約600篇の応募作がある中で、最終候補に残るのは並大抵ではありません。さらに目を見張るのは、毎回違う作風だったこと。少女コミック風であったり、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を題材にした安楽椅子ミステリーだったこともありました。選考委員の中でも「泉慶一さん(当時の門井さんの筆名)はどういう人物なんだろう」と話していましたよ。

門井 落ちた作品と同じ作風で翌年も応募する勇気がなかったので、結果として様々な作風になりました。

高橋 私は文学賞のパーティーには出席しないので、それから門井さんに会う機会がありませんでしたが、選考会でのことは心のしこりになっていました。でも、門井さんは大成する方だと思ったので、初めに甘く評価して、小説の世界を勘違いしてほしくないという思いもあったのです。

門井 たしかにそのとき受賞していたら、「小説、楽じゃん」と調子づいていたと思います。実際、「天才たちの値段」は僕の人生ではじめて最終選考に残ったものですが、その次の年には仕事を辞めてしまいましたから。

高橋 2003年、4回目に最終候補となった「キッドナッパーズ」では、満場一致での受賞となりましたね。そのときも私は選考委員をつとめていましたが、どんな要求にも応えられると分かる余裕のある文章でした。「キッドナッパーズ」は、誘拐をモチーフにしたミステリーで、逆転の展開が鮮やかでした。門井さんには美術小説のジャンルを深めてほしい気持ちもありましたが、まあ、私1人がいればいいかとも思っていました(笑)。

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