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連載高野秀行のヘンな食べもの

「君の名は。」で有名になった「口噛み酒」を追って南米へ!――高野秀行のヘンな食べもの

2018/03/20
イラスト 小幡彩貴

 昨年の夏、約二十年ぶりに南米に行った。最大の目的は「口噛み酒」だった。

 酒というのはわかりやすく言えば、糖分が酵母菌に分解されたものである。果汁やサトウキビの汁、ヤシの樹液など、初めから糖分が含まれている液体なら、その辺に野生の酵母はいくらでも存在するので、条件さえ合えば放置しておいても酒ができる。

 だが、穀物やイモ類には糖分が含まれていないため、そのままでは酒にならない。そこで、人類は二種類の方法を編み出した。一つは麦芽や麹菌といった、でんぷんを分解して糖分をつくる物質を使用すること。糖分ができれば、あとは酵母の働きで酒になる。ビールや日本酒はそのような仕組みでつくられる。

 もう一つの方法は穀物やイモ類を口で噛む方法。唾液に含まれるアミラーゼという酵素がでんぷんを糖分に分解する。すると、あとは同様に、自然に酵母が働いて酒になる。これが口噛み酒である。

 この酒造り方法は古代には世界中にあったと言われており、文献にも「原始的な酒の作り方」とよく書かれている。日本でも八世紀に書かれた「風土記」に酒を噛んで発酵させるという記述があるそうだ。そもそも発酵を表す「醸す」という言葉は「噛む」に由来するという説もあり、ならば、ある意味では、口噛み酒が日本の酒(発酵)文化の原点だともいえる。

 意外なことに、沖縄では二十世紀半ばまで口噛み酒が存在したという。焼酎の泡盛とは別に、神様へのお供え用の酒として米を噛んで発酵させていた。私の知人である宮古島出身の女性も、「おばあちゃんにその話を聞いたことがあります」と語る。

 口噛み酒は最近、大ヒットした映画「君の名は。」に登場し、有名になった。主人公の女子高校生が先祖代々の巫女という設定で、儀式の際、米を噛んで唾液とともに器にそっと吐き出すというシーンがあるのだ。もちろん現代日本に口噛みをする巫女などおらず、これは純粋なフィクションなのだが、ロマンチックかつ官能的で、話題になったようである。

 では、いったい、現代に口噛み酒を作っている人たちはいるのだろうか。私が調べたかぎりでは、南米のアマゾンにしかいないようだ。ただ、アマゾン上流部ではさまざまな先住民が口噛み酒を作って飲んでいるらしい。現地ではこれを総称し、「マサト」と呼んでいる。

 私は探検家・関野吉晴さんの紹介で、ペルー・アマゾンに暮らすマチゲンガという先住民を訪ねることにした。彼らもマサトを愛飲しているという。

アマゾンの村へ向かう

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