昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載オカンといっしょ

オカンといっしょ ♯20 Cream「3つめの椅子」

ツチヤタカユキの連載小説

genre : エンタメ, 読書

「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。

◆ ◆ ◆

 父と再会したのは、27歳の時だった。

「名前をいつも検索しとってん。ちゃんと生きてるかどうか、ずっと心配で」

 父は僕の小説を見て、やっと僕を見つけた。

 心臓から上がる湯気。食道は煙突。口から出る二酸化炭素。

 目を閉じると、真っ暗。星一つないプラネタリウム。真っ暗な闇のなかで、暗闇を抱きしめる。いつまでもその暗闇を抱きしめたまま、流れていった時間。

 小説を読んでると言われるたびに、バンドエイドを剥がされて傷口を見られたような気分になる。

 インターホンが鳴り、ワインを持って父が家にやって来た。白髪混じりの黒髪に、ユニクロとかで売ってそうな感じのチェックのシャツを着ていて、眼球が少しだけ充血している。もしかしたら、ちょっと疲れてるんかも知れへん。

 初めて会うのに、どこか懐かしい雰囲気。

 今まで自分の中に存在した、母とも似ていない、そいつの正体。

 初めて家族が3人揃った。

 ずっと2つしかなかった食卓の椅子。背もたれのない黒の丸椅子を押入れから出してきて、僕はそこに腰掛ける。

 いつもの食卓に、緊張感がある。どんな表情をしていいか分からずに、緊張でこわばる顔。

 たくさんの料理が視界を埋め尽くす。オカンが料理を作るなんて、何年ぶりやろ?

 部屋の中を食べ物の匂いが漂ってる。大根と一緒に蒸されてる鶏のかしわは、まるでゴッホが切り落とした耳たぶのようだ。

 口の中に運ぶと、昼間、空に浮かんでた雲をちぎって食べたみたいな食感。透明なボウルの中には、マヨネーズがかかってるツナサラダ。キャベツのシャキシャキとした食感は、頭の中に反響する。

 父はよく喋る人だった。相槌を打っていたら、もう会話が成立する。

 聞かせたい話がたくさんあって、それを順番に披露しているみたいで、記憶の中のずっと霧がかかってた場所、それが父の話によって鮮明になっていく。

 一つも覚えていない子どもの頃の話の中には、僕が知らなかった、僕がそこにいた。

 空になっていく料理。

 露わになっていく、百均で揃えた安っぽい食器たち。

 お腹がいっぱいになったら、ズボンのお腹周りが窮屈に感じた。

 顔を上げると、いつもより入念にメイクしてるオカンの横顔。まだ、父にキレイやって思われたいんかな?

 台所の蛇口の先からは水滴が落ちて、排水口の中に吸い込まれていった。

 誰も見ていないのに付けっぱなしになっているテレビでは、ニュース番組をやっている。

 どんな事件よりも、今、目の前で起きている事の方が、僕にとっては最大の事件だった。

 

 高級ワインが、コップに注がれる。

 これも百均で買ったやつやから、こんな高いワインが注がれて、このコップもびっくりしてるやろな。

 生まれて初めて飲んだワインは薬みたいな味がして、全部飲み干したら胃袋の中に、腐る寸前のブドウ農園が広がった。

 オカンと父は、25年以上会ってないとは思えないくらい、自然に会話をはじめる。幼い子どもが、クレヨンで描く絵のような景色。

 両親が揃ってるのって、めっちゃ安心する。今、ここが世界の中心みたいに、暖かい。

 相変わらず地球はミラーボールのように回ってて、地球が回ってる事なんて意識した事なかったけど、僕はその時、目が回りそうだった。

 まばたきしたら全部が消えてしまわないか不安だったけど、何度、まばたきしても、同じ景色がずっとそこにあった。

 世界さえまともに見れなくなったあの頃とは違って、僕はこの世界を、はっきりと見ていた。

◆ ◆ ◆

おわり。ご愛読ありがとうございました。