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リオ五輪激震 ロシアドーピング告発者を狙うプーチンの魔の手

source : 週刊文春 2016年8月11・18日号

genre : ニュース, 国際, スポーツ

「この状況は一線を越えている」
 こう吠えたのは、ロシアのプーチン大統領。一時はロシアの全面的出場禁止が検討されるなど、ドーピング問題は、開幕直前のリオ五輪を大混乱に陥れた。
 オリンピックを揺さぶるきっかけを作ったのは、1人の女性アスリートだった。

国家ぐるみのドーピングが発覚
Photo:Kyodo

 ロシア政府のドーピングへの関与を告発したのが、陸上800メートルの元ロシア代表選手ユリア・ステパノワ(30)。かつては自身もドーピングに手を染めていたが、2009年に当時ロシア反ドーピング機関(RUSADA)の職員だった夫と結婚し、子どもが生まれたことで告発を決意する。医師や著名コーチ、他の選手らとの会話の録音などをドイツ人ジャーナリスト・ハイオ・ゼッペルト氏に提供し、問題が明るみに出た。2年前のことだ。

「過去にも東ドイツで政府ぐるみのドーピングが行われていましたが、全容が明らかになったのは東西ドイツ統一後でした。

 一方で、今回のスキャンダルは現在進行形。スポーツ省副大臣や連邦保安局(FSB)などの政府機関、本来ドーピングを摘発すべきRUSADAまでもが関与していたことがわかった。こんな事態は前代未聞です」(アイダホ大学国際関係学部長のビル・スミス教授)

 有望選手は、秘密警察KGBが前身のFSBが協力し、検査時の検体をすり替え、摘発逃れを行っていた。

 こうした国家ぐるみの不正を受け、国際陸上競技連盟は、ステパノワを除くすべてのロシア人陸上選手の出場停止を決めた。全競技の出場停止に比べれば軽い処罰だが、「毎回、陸上で多数のメダルを獲得するロシアにとってみれば、十分すぎる痛手」(同前)だ。

 ロシア国民の怒りは、内部告発者へ向かっている。

「国内メディアの多くがステパノワを『裏切り者』『西洋諸国の手先』と批判しており、責任をロシア当局から、告発者たちへ転嫁しています。こうした世論操作が功を奏したのか、最近の世論調査では、組織的なドーピングが行われたと考えるロシア国民はたった14パーセントという結果が出ました」(在露ジャーナリスト・フランチェスカ・エブル氏)

 告発直後、ロシアを出国したステパノワ夫妻は、8回引越しした。一昨年ドイツに移住した際は「コーチをつけるなど、地元のスポーツ関係者からサポートがあった」(夫妻の知人)。

ステパノワへの支援を求めるHP

 昨年からは米国に移った。労働ビザがおりない中、スポンサーの協力や、インターネットで一般から広く募るクラウドファンディングで生活費を工面しており、すでに約400万円が寄せられている。

 標的になっているのは彼女だけではない。前述のゼッペルト記者は、ロシア国営放送記者にしつこく追いかけ回される場面を恣意的に編集され、放送された。

 謎の死者も出ている。今年2月、RUSADAの元幹部2人が立て続けに亡くなったのだ。中でもドーピングの実態をよく知る立場だった前最高責任者は「心臓発作で急死」とされたが、元同僚は「心臓に問題があるとは聞いていなかった」。急死の3カ月前に、「本を書きたい」とアイルランド人記者に接触していたことが明るみに出ると、“口封じ”との見方も広がった。

 渦中のステパノワは、リオ五輪出場を求めており、国際陸連は認めたが、IOCが過去のドーピングを問題視し、出場は拒否された。

 現在は近所の高校の校庭を1人走る日々を過ごすステパノワ。彼女がプーチンの魔の手を逃れ、五輪のトラックを走る日は来るのか。