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竹下派が四半世紀ぶりの復活 安倍三選の波乱要因となるか

異母兄の登氏とは22歳差の亘氏 ©共同通信社

 約四半世紀ぶりに自民党に「竹下派」が復活した。第三派閥の平成研究会で、額賀福志郎氏が会長を退任し、竹下亘総務会長(71)に譲ると表明した。平成研の源流は亘氏の兄、竹下登元首相が1987年に創設した竹下派「経世会」で、大政奉還した形だ。

「政権を担う人、背負う人をどんどん輩出していけるよう、変身しなければならない」

 3月14日、派閥パーティーでの亘氏の挨拶は、低迷への危機感がみなぎっていた。

 ムリもない。最盛期は120人を超える所属議員を抱え、会長の登氏、小渕恵三氏、橋本龍太郎氏が総理に。羽田孜、鳩山由紀夫の両元総理もかつて在籍していた。幹事長にいたっては小沢一郎氏、梶山静六氏ら枚挙に暇がない。だが、額賀時代の9年間はすっかり存在感をなくしていた。業を煮やしたのが参院のドンとして君臨した青木幹雄元官房長官だ。

「今でも平成研は登氏の秘書だった青木さんと、小渕恵三さんの秘書官だった古川俊隆氏の『秘書コンビ』の影響力が強い」(関係者)

 青木氏は早くから亘氏→小渕優子元経産相へのバトンタッチを画策。3年前から額賀氏に交代を迫り、最後は青木氏の意を体した吉田博美参院幹事長らが派閥総会をボイコットする強硬策で、ようやく退任に追い込んだ。

 この時期に額賀氏を辞めさせたのは、9月の自民党総裁選への対応があるからだ。党幹部は「額賀氏は早々に安倍晋三首相の三選支持を打ち出し、『なんでそんなに早くカードを切るんだ』と周囲の不興を買っていた。総裁選でフリーハンドになるのが、青木さんの狙いだろう」とみる。

 事実、会長退任表明の翌日の3月15日には青木氏と山崎拓元副総裁、石原伸晃氏の会合があった。石原派最高顧問の山崎氏は安倍政権を批判し、14日には石破派勉強会に講師として参加している。

「平成研の主力である参院議員には、反安倍の空気が強く、平成研出身の石破茂氏を担ぎたいとの声がある。総裁選ではギリギリまで旗幟を鮮明にせず、キャスチングボートを握る形を狙うのでは」(同前)

 だが、昔の名前に頼らざるを得ないところに、苦渋もにじむ。71歳の亘氏が総理候補になるわけではなく、30年前に田中角栄元首相の下を飛び出した「元祖竹下派」とは比ぶべくもない。

 総裁選で存在感を示すことができるのか、竹下亘新会長の手腕がさっそく問われる。