昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載THIS WEEK

木村 正人
2018/03/27

スパイ暗殺未遂に使用された兵器級の神経剤“ノビチョク”とは?

事件現場を視察するメイ首相 ©共同通信社

 英南西部ソールズベリーで元ロシアの二重スパイ、セルゲイ・スクリパリ氏(66)と娘のユリアさん(33)が兵器級の神経剤“ノビチョク”で意識不明の重体になった事件をめぐり、英露関係は冷戦後、最悪の状態に陥っている。14日、メイ首相は「ロシア政府の責任は明らか」と駐英の露外交官23人を国外追放する措置を発表した。

 これに対して、ロシア側は17日、反対に駐露の英外交官23人を国外追放とする“報復措置”を発表した。

 ノビチョクは、北朝鮮の金正男氏暗殺に使用されたVXガスより毒性が5〜8倍も強い。ロシアの情報機関が手を下したのか、同国の国家施設から流出したノビチョクが犯罪組織によって使用されたのかは分からない。

 筆者は当局関係者が化学防護服を着て残留物を処理する作業を間近で取材したが、神経剤の扱いに慣れた軍や情報機関の関係者でなければ使用は不可能であることが瞬時に理解できた。

 化学兵器の開発・生産・貯蔵・使用は化学兵器禁止条約で禁じられ、ロシアも批准している。英米仏独首脳が「欧州で神経剤が攻撃に使われたのは第二次大戦後初めて」とロシアを非難する共同声明を出したのはこのためだ。

 だがプーチン大統領はジョージア紛争、ウクライナ危機、シリア内戦への軍事介入、サイバー攻撃による米大統領選妨害と、西側に対し露骨に牙をむいている。ことにEUを離脱する英国のことはなめきっており、今回も英国を見下すことで自らを強くみせる“演出”の狙いがある。

 一方のメイ政権も、今回は動きが早かった。06年に元ロシア連邦保安庁(FSB)幹部が、放射性物質ポロニウム210で毒殺された事件の死因審問開始を内務相時代にあれだけ渋ったメイ首相とは思えないほどだった。EU離脱交渉で瀬戸際に追い込まれるメイ首相には、迅速かつ断固たる対応をしないと後がないという危機感があった。

 だが、過去十数年間、ロシアマネーの流出を恐れて対決を避け、プーチンの政敵とされたロシアの“政商”、ボリス・ベレゾフスキーら在英ロシア人14人の不審死を放置し続けてきたツケは、あまりにも大きい。