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闇を抱えてた『セーラームーン』女優が、アイドルの振付師になるまで

“テレビっ子”竹中夏海インタビュー #1

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母はフジテレビ『27時間テレビ』を全録しちゃう人

―― 幼い頃のテレビの思い出ってどんなものですか?

竹中 とにかくずっとテレビがついている家でした。うちの母がフジテレビの『27時間テレビ』を全部録画しちゃうくらいの超テレビっ子でしたから。

―― え! 全録ですか!

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竹中 そう、全部。だから私も『27時間テレビ』っていうのは、27時間、テレビをつけっぱなしにしておく1年に1度のお祭りみたいなものだと思ってたんですよ。大人になってから、彼氏とか夫が「FNSの日」になってもテレビをつけっぱなしにしてないから「えっ、嘘でしょ?」って(笑)。

 

―― 母譲りのテレビ愛。

竹中 青森に引っ越した時、母が一番悩んでたのが「フジテレビが観られないこと」。今もそのままかわかりませんけど、当時、青森にはフジの系列局がなかったんですよ。だから北海道とか、どこかのケーブルに繋げないとフジテレビ系の番組がほとんど映らない世界でした。

―― ああ、『いいとも!』も夕方にやっていたような世界。

竹中 「フジテレビがない世界はツラい!」みたいなこと、母がいつもこぼしてました。私も母と一緒でツラかったですね。幼稚園の頃からミポリン(中山美穂)のドラマをずっと観てましたから。『すてきな片想い』とか。

―― 「月9」ですね。

竹中 あ、このパンフレットにも書いてありますね。「目標とするスターは、中山美穂さん」って(笑)。

―― ホントだ!

竹中 青森時代で思い出すのは、画面が9分割ぐらいになって、放送中の番組が全部映るチャンネルがあったんですよ。

―― へぇ、珍しい。

竹中 で、そのチャンネルでは、インストの曲がずっとループで流れてたんです。私は一人っ子で、青森にいた頃はカギっ子だったので、両親が帰ってくるまで、お家でずっとそのチャンネルをつけて即興で踊ってました。

振付:竹中夏海 trolleattroll「blues」

テレビを前にずっと踊ってたのが原点

―― テレビが友達だったんですね!

竹中 テレビと弟代わりのブレンディーっていうゴールデンレトリバーに向かって踊ってました(笑)。でも、それが私の振付師のルーツなんですよ。振りを考えるとき、一回とりあえず曲に合わせて即興で踊ってみるっていうのも、この時代から変わりません。即興で踊って、その振りが馴染む箇所はそのままアイドルにも、ファンの人たちにもしっくりくるみたいで、愛されるんです。だから、あれこれ考え込む難産型よりも、安産型の振付けのほうが成功するって信じてます。

―― 振付師・竹中夏海のルーツは、青森時代のテレビダンスだったんですね。

竹中 テレビがあれば寂しさも紛れるから、ずっとつけてました。今もそうですよ。寂しいとき用に録画している番組は『ロンハー(ロンドンハーツ)』とか『アメトーーク!』とか。ひな壇のみなさんと一緒にいる気持ちになれるんです。

 

―― 最近のツイートを読んでると、『テラスハウス』もよくご覧になってるようですね。

竹中 『テラスハウス』はYOUさんが車で解説してた時代からずっと好きです! オシャレな編集でごまかしてますけど、演出がめちゃくちゃ意地悪(笑)。「はい、テレビの前のみなさん、この状況をバカにして下さい」っていう引きの画とか、「スタジオのメンバー、イジってください」っていうカメラワーク。いつも観ちゃいますね。

―― あはは(笑)。

竹中 あとは『クレヨンしんちゃん』も毎週録画してます。特にひろし・みさえ夫婦に見入っちゃうんですよ。同年代になってきたからでしょうけど、「めちゃめちゃこの夫婦仲いいし、すごい“男女”なんだな」って。

のび太のろくでもなさは、小原さんの声に宿ってました

―― アニメは子供の頃から好きなんですか?

竹中 そうですね。私、2歳の時に初めてお留守番をしたらしいんですけど、うちの母が歯医者さんに行く予定で、1人で置いてくわけにもいかないから、「ほら一緒に行くよ」って言ったら、「私、ドラえもんとお留守番してる」って言ったそうです。大山のぶ代さんの声で育ちましたけど、“わさドラ”も好きです。

―― 水田わさびさんのドラえもん。

竹中 そう。ただ、のび太の“圧倒的ヒモ感”は、小原乃梨子さん時代の方がリアルでしたね。のび太のろくでもなさは、小原さんの声に宿ってました。