昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載高野秀行のヘンな食べもの

昔は本当に処女が作っていた口噛み酒――高野秀行のヘンな食べもの

2018/03/27

※前回「『君の名は。』で有名になった「口噛み酒」を追って南米へ!」より続く

イラスト 小幡彩貴

「マサト」と呼ばれる口噛み酒を求めてアマゾンにたどり着いた私は、「今はもうマサトを口で噛んで作らない」という衝撃の事実を知らされた。サトウキビなどを混ぜて発酵させるという。

 一瞬、ショック死しそうになったが、作り方を知っている人はまだ存在するはず。探してみたら、ワチペリという先住民の村のテオフィラさんという村長夫人が知っているとわかり、特別に頼んで作ってもらえることになった。先住民の村長といっても、今では町に家をもっており、雑貨屋を経営していた。二人は週末になると、村へ帰って、農作業をしたりするらしい。早速、翌日私たちは車で約一時間のところにある村へ行き、口噛み酒を見せてもらうことにした。伝統文化に詳しいフリアンという年配の村の人も同行してくれた。

 マサト作りはまず、原料であるキャッサバを調理することから始まる。テオフィラさんはマチェーテ(山刀)で細長いイモを手際よく切り、皮を剥くと、よく洗ってから二つの鍋へ分けて入れた。分けたのは、マサトを二つの方法で作ってもらうためだ。すなわち、伝統的な口噛み式と「近代的」な方法である。

キャッサバの皮むき
キャッサバ 皮つきと皮を剥いたもの

 初めのうちは、手順は同じだ。それぞれの鍋に水を注ぎ、屋外におこした焚き火にかける。三十分ほどで煮えた。煮汁を捨てると、ホカホカのイモが茹で上がる。この茹でたては日本の焼き芋のようで、甘くて、実に美味しい。イモは杵のような棒で丹念につぶし、マッシュポテト状態にする。すでになかなかの重労働だ。

茹でたキャッサバをつぶした“マッシュポテト”。これを噛んで「マサト」をつくる

 この間にテオフィラさんに話を聞く。恰幅はいいが、ふだんは町で雑貨屋を営んでいるだけあって、どことなく垢抜けている。顔つきや柔らかい口ぶりがタイ人に似ており、なんだかチェンマイ辺りのおばさんと話しているような錯覚に陥る。

 五十八歳の彼女曰く「つい五、六年前まで口噛みでマサトを作っていたのよ」。また「口噛みの方が他の近代的な方法より美味しいし、長持ちする」とも言う。

この記事の画像