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金賢姫元死刑囚インタビュー 大韓航空機爆破事件「悪夢のすべて」

謎に包まれた世紀の大事件。いま初めて自らの心境とともに真相を語る。

 1987年11月におきた大韓航空機爆破事件で国家保安法、航空法違反などの罪で死刑判決を受け、1990年4月に特別赦免を受けた金賢姫元死刑囚と、連続4時間半にわたる単独インタビューが実現した。(「文藝春秋」1990年8月号)

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 このインタビューは、1990年6月20日の外国人記者団に向けた記者会見に先がけ、同年6月中旬、ソウル市郊外の某所で行われた。これまでの大韓航空機爆破事件と金賢姫元死刑囚についての報道はほとんど国家安全企画部(現在の国家情報院。以下安企部と略称)の資料に基づいたもので、自身が肉声でこれだけ長時間、1社のインタビューに応じたのは世界でも初めてのことであった。

『真由美』は見たくもない

よどみない見事な日本語で質問に答えた金賢姫元死刑囚

――日本人ジャーナリストに会うのは初めてでしょうか。

「ええ、初めてです。『文藝春秋』は北(北朝鮮。以後北と略称)にいる時、招待所(工作員の訓練所)でも読んだことがあり、親しみを感じています」

――今年(1990年)の4月12日に特別赦免が実施されました。その時の感想は。

「私は大罪を犯した身ですので、それにふさわしい処罰を受けることを覚悟していました。自分としては、思いもしなかった赦免という大きな恩恵を受け、遺族の方々と大韓航空機の犠牲者に申し訳ない気持ちです。

 こうして再び生を与えられたのですから、南(大韓民国。以後南と略称)の人民には北の真実を詳しく伝え、金日成体制が倒れ、南北が統一されるまで闘います。遺族の方々の苦痛を思い、南北統一のために命を捧げる気持ちで頑張っていきたい」

――この事件とあなたを題材にした『真由美』(映画のタイトルは金賢姫氏が使った偽名「蜂谷真由美」からつけられた)という映画が公開されましたが、見ましたか。映画化についてはどう思っていますか。

「まだ見ていません。広い意味でいうと、これは北の陰謀によって私が犯した事件です。爆破事件の真相を知らせ、再び世界にテロ行為がおこらないようにしなければいけないと思います。ただ、個人的にはこの事件については考えたくありません。今となっては悪夢を見るようなものです。遺族の苦痛を考えると辛く、事件を思い出したくもないので映画は見たくもありません」

読書と信仰の日々

――現在どんな生活を送っているのですか。

「現在は安企部が与えてくれた場所で、捜査官の『オンニ』(韓国語でおねえさんの意味)と一緒に、スケジュール通りに生活しています。赦免になったので『南韓』社会に適応できるようにいろんな本や小説、教科書などを読み、手記も書いています」

――いろんな本とはどんなものですか。

「全十巻の『物語版韓国史』を読んだり、全般的なことを理解するために韓国の教科書や歴史小説などを読んでいます。手記の方はまだ序章の段階です。それと、今は信仰を持ち始めているので『干證(カンジュン)』(自らの罪をあかして、自分自身の信仰を告白すること)に関したものなどを読んでいます」

――洋服などは自分で選んで買うのですか。

「赦免になる前は、服はオンニたちに買ってもらっていました。今は、韓国の北韓研究所で北の実態について書いてくれと頼まれているので、その報酬で外出した時に買っています」

――そのスーツも自分で見立てたものですか。

「(うつむきながら)はい」

――外出は自由なのですか。

「赦免後は外出したい時は自由にしています。1週間に1、2回です。しかし、出歩くのは気が重いし、自分をよく思っていない人もいますので、身近の危険がないわけではありません」

――先日、教会で信者を前に話をしたそうですが、いつから聖書を読み始めたのですか。

「韓国へ来て真実を知るようになりました。それまでは自分の犯した罪についてわからないできたのです。南の社会を知ってから、私は心の葛藤に悩みました。罪の意識に悩んでいる時、捜査官の人に信仰を勧められ、韓基萬(ハンギマン)牧師を紹介されました。昨年の2月から1カ月に2回ぐらい牧師にお会いしています。今は、毎日聖書を読むことで1日の日課が始まります。神を信じるようになりました」

――近頃はどんな勉強をしているのですか。

「信仰に関しては、金東吉(キムトンギル)延世大学教授が書いた『あなたと私の愛のために』というのを読んでいます。それから歴史の本を夜寝る前に読みます。

 というのは、北にいる時は我が国(ここで彼女は『ウリナラ』という言葉を使った。これは朝鮮半島全体という意味あいを持っている)の歴史は知りませんでした。北では歴史というと、おおまかな流れだけで、90パーセントは金日成に関することです。それが朝鮮の歴史なのです。ですから詳しい歴史はこちらへ来てから勉強したのです。李舜臣(イスンシン)将軍(李氏朝鮮の武将。豊臣秀吉侵入の時、水軍を指揮して日本軍を破った)や李氏朝鮮王朝500年の歴史は大変感銘深かったです」