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楠木建が語る「現代人必須の教養は戦時下の日記だ」

楠木建の「好き」と「嫌い」 好き:戦時下の日記 嫌い:戦争反対の「正論」

2018/04/03

日記の醍醐味は文脈理解にあり

 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。

 読書の話を続ける。僕の読書の好みはジャンルで言えば小説などのフィクションよりもノンフィクション、とくに人間と社会についてのノンフィクションであることは前に話した。その目的は知識というよりも、人と人の世の本質について、「なるほど、そういうことか、面白いねえ……」と、僕なりの理解というか論理をつかむことにある。

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 芸論と並んで日記というジャンルを僕が愛好するのは、それが「なるほど、そういうことか……」の宝庫だからである。前回話したように、整理されたマクロレベルの概説よりも、具体的なディティールの記述にこそ「なるほど、そういうことか……」が潜んでいる。この点、日記は具体的詳細の記述がもっとも豊かなジャンルだ(というか、ほとんどの場合、具体的詳細の記述しかない)。

 さらにイイことがある。記述が時間軸に沿って配列されており、しかも記述の頻度が高い(人によっては毎日書く)。時間に沿って配列してもらうと、その人物やそれを取り巻く世の中の文脈が頭の中で再構成しやすいのである。

 この文脈の豊かさとリアルさが日記に固有の特長だ。人間と社会についての理解がより深いところまで腹落ちする。日本人ほど日記を読むのが好きな民族はいないと昔からよく言う。日本人の思考や認識の方法が文脈依存的なのかもしれない。僕もそうで、文脈が分からないと得心には至らない。

 例えば、人間の面白さということで言えば、『ウィトゲンシュタイン哲学宗教日記』は最高だ。日記モノの大傑作だ。とくにウィトゲンシュタインの哲学書を読んでもさっぱりわけが分からなかったという挫折経験を有する方にお読みいただきたい。

 もちろん僕も例に漏れず挫折したクチである。ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』は哲学の革新を切り拓いた超絶名著(ということらしい)。何といってもウィトゲンシュタインという名前がイイ。名前を聞いただけで、なにやらスゴイ哲学を語りそうな気がする。

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 話は逸れるが、僕は名前や名称などの固有名詞からくる直感をわりと重視する。僕のスキな音楽、とくにベース演奏の方面で言えば、モータウンを支えた「ファンク・ブラザーズ」の名手ジェームズ・ジェマーソン、R&Bの大御所ドナルド・ダック・ダンやウィリー・ウィークス、こうした名前はビートが効いていて、いかにもベースが上手そうだ。エレクトリック・ベースの革新者、ジャコ・パストリアス。これも名前がいかにもそれっぽくてイイ。で、そのジャコパスが「ウェザー・リポート」参加前、下積み時代に所属していたバンドが「ウェイン・コクラン&ザ・C.C.ライダース」。これにしても名前を聞いただけで間違いなくイイバンドだという気がする。

 話を戻す。ウィトゲンシュタイン、これだけはさすがに避けて通れないだろうと意気込んで『論理哲学論考』を読んでみた。率直に言って、何を言っているのか、何が言いたいのか、わけがわからないのである。仕方がないので、解説書や入門書もいろいろと読んでみた。しかし、やはり難解で、わかったようなわからないような話である。

 ところがウィトゲンシュタインが遺した『哲学宗教日記』を読んで、「あー、なるほどね……」と俄然得心するものがあった。ま、その哲学はやっぱり分かっていないのだが、ようするにどういう人で、何を言いたかったのかはよーく分かった(ような気がした)。いずれにせよ、日々の具体的詳細の記録というのが、その人間の本質なりその時代の真実をいちばんよく表すというのが僕の見解である。