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川﨑宗則は「引退」じゃない 「野球から距離を置く」の真意とは

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/03/30

 いざゆけ、開幕だ。「もう1頂!」の頂点を目指す今シーズンに向けて、景気のいいネタを用意していたのだけど……、急遽変更させてもらうことにした。

 3月26日、球団から「川﨑宗則選手の退団について」と正式に発表があった。福岡や九州のみならず、日本全国、そして世界中で愛されたムネリンだ。書かないわけにはいかないだろう。

ファンに衝撃を与えた退団理由

 ファンの皆さんは退団の理由に衝撃を受けたに違いない。球団発表による川﨑本人のコメントは以下のとおりだ。

「昨年の夏場以降からリハビリを続けてきましたが、同時に自律神経の病気にもなり、身体を動かすのを拒絶するようになってしまいました。このような状態で野球を続けるのは、今の自分には考えられません。悩んだ末、この度、ホークス球団と協議して自由契約という形で、野球から距離をおいてみようと決断しました。川﨑宗則が元気でプレーする姿を楽しみに待ってくれている皆様には、本当に申し訳ない決断ですが、今は環境を変えて、じっくりと心と体の回復につとめます。たくさんの皆さんに心配をかけたことを申し訳なく思っています。同時に、たくさんの皆さんに応援して頂いていることに心から感謝しています。本当にありがとうございます。」

 自律神経の病気。身体を動かすのを拒絶。

 球団発表以前にスクープとして報じた「西日本スポーツ新聞」の記事によれば、食事もままならず体重が大きく落ちたこと、一時は入院生活を送ったことについても触れられていた。

 ずっと球団と契約を交わさず、近況が報じられることもほぼなかった。あれだけの人気者だ。ファンはみんな心配していたし、筆者もかなり多くの人から問い合わせを受けた。

 じつは、福岡のホークスに精通するメディアの多くは、彼の病状について情報を掴んでいた。ただ、事が事だけに、万が一の場合まで想定して彼の身を案じ、報じるのを控えていた。

3月26日、退団が発表されたソフトバンク・川﨑宗則 ©文藝春秋

『引退へ』報道への疑問

 しかし、時は待ってくれない。ペナント開幕だ。このタイミングで報じられたことはある意味仕方なかったと考えている。だが、その中身が疑問だった。

 見出しは『引退へ』。

 いや、おかしい。筆者が多少なりとも知る話と違っていた。川﨑は体を動かし始めていると聞いていた。ただ、まだ軽めのジョギングなどで、野球につながるような本格的なトレーニングではない。もちろん体調回復が最優先だ。その中でも前へ進もうとしていると伝わってきていた。

 各媒体が後追いで「引退」の2文字を使用した。いや、任意引退ではないはず。そこで敢えて、筆者は「Yahoo!ニュース個人」の枠で<「川﨑宗則引退へ」報道は本当なのか? 一方で真逆の情報も>という反論記事を掲載したのだった。

 結果、当初は26日中の発表はなし、としていた球団も動いた。

 自由契約による退団。分かりづらいかもしれないが、厳密に言えば「引退」ではない。再びプレーヤーとして復帰の可能性がゼロになったわけではないのである。同日には球団フロント幹部が報道陣の取材に応じ、状況を改めて説明。「ニュースリリースに記載の通り」という表現が多かったが、取材の中でじつは重要なひと言を聞くことが出来た。

――川﨑選手とお会いになって、彼自身「引退」という言葉は口にしたのでしょうか?

「僕と話している中では、リリースのコメントどおりですが、一旦野球からは距離を置きたい、と」

 一旦、と言った。

 リリースを読み込んでもなかなか見えなかった答えが、その一言に集約されていた。