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遠藤 礼
2018/03/27

悩み抜いた1カ月、阪神・島本浩也“幻のサイドスロー”の舞台裏

文春野球コラム オープン戦2018

「島本、上手投げ復帰」――。3月16日付のスポーツニッポン大阪版の2面に、阪神の8年目左腕の記事が掲載された。わずか30行ほどの原稿に隠れた、自問自答した1ヶ月。「島本浩也」という投手を自ら見つめ直した日々だ。

 時計の針を戻して、2月1日。キャンプインして間もなく、島本は香田勲男投手コーチから思いがけない言葉をかけられた。「島本、腕を下げてみないか」。突然のサイドスロー転向の打診だった。

「最初は正直、やりたくなかったです。嫌だなと。今まで投げてきたフォームで、アピールしていきたい思いもありましたし……」

1ヶ月で終わった島本浩也のサイドスロー転向

香田コーチがサイド転向をすすめた意図

 福知山成美高校から10年に育成2位で阪神に入団し、14年に支配下登録を勝ち取った苦労人。15年の春季キャンプで臨時投手コーチを務めたOBの江夏豊氏から称賛され「江夏賞」として愛用グラブも授かった。潜在能力を高く評価されながら、7年間で1軍定着できず、昨季は1軍登板なし。背水の覚悟で臨む今キャンプだった。

 幼い頃から上手投げでマウンドに上がり、プロへの道も切り開いてきた。慣れ親しんだ投げ方から、未経験のサイドスローへの挑戦に、前向きにはなれなかった。ましてや、チャンスは限られる立場で、早い段階から実戦でアピールもしていかなければならない。いわば、ゼロからの出発は“遠回り”にしか感じられなかった。

 だが、転向を勧めた香田コーチは、決して強制ではなく、こう付け加えていた。「言われたからサイドをやったのでは、後で絶対に人のせいにしてしまう。島本が納得した上でやって欲しい」と。

 昨年、2軍で先発ローテーションの一角を担い、防御率1.59をマーク。香田コーチは「昨年、先発も経験をして、今年は1軍で勝負していくところ。左の中継ぎという部分で島本を何とかしたい思いがあった」とサイド転向の意図を明かす。昨季中継ぎで66試合に登板した岩崎優の先発転向プランも持ち上がる中、穴を埋める代役として期待をかけた。

 25歳は迷いながらも、やってくる一日、一日を懸命に過ごした。キャンプ中は、全体練習が終わった後、香田投手コーチのマンツーマン指導でシャドーピッチング、キャッチボールでフォーム固めに時間を割いた。ただ、腕を下げたことで140キロ中盤だった直球の球速は130キロ中盤まで低下し「球が遅くなったのが、すごくショックだった……」と葛藤の日々も続く。球場をあとにするのは、投手陣で最後となるのが、当たり前になった。

 宿舎に帰ってからも「めちゃくちゃ見ました」と、球界で数多くいるサイドスロー投手の動画を見て研究。タブレット端末を手にしたまま眠りに落ちることも少なくなかった。