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DeNA井納翔一は「炭坑のカナリヤ」だった

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/04/10

中継ぎへの配置転換を命じられたカナリヤ

〈うたを忘れたカナリヤは/柳の鞭でぶちましょか/いえいえそれはかわいそう〉

「井納でよかった」と私はそのときはっきりと思っていたのだ。エースにぶつけられること、急遽ローテを変えられること、代理で投げさせられること、その後の流れのために、犠牲となること。メンタルが重要とされるプロの世界、その中でも特に繊細なピッチャーというポジションにおいて、ずっとカナリヤを担ってきたのが井納だった。エースになりきれない井納にイラ立ちをおぼえながらも、エースになりきれないからこそ都合よく使われ、その良心の呵責に対して「井納は宇宙人だから(大丈夫)」と、それこそ私が一番都合よく考えていた。

 そして、井納は今季から中継ぎへの配置転換を命じられた。

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「うたを忘れたカナリヤ」は、その後どうされてしまったんだっけ。去年6勝10敗の成績だった井納。数字はウソをつかないけど、数字にあらわれないことはたくさんある。井納は勝ちを忘れたカナリヤなんかじゃない。今度は本人の期せぬ、中継ぎという、真っ暗な道の先導にするつもりなのだろうか。私は自分のことを棚に上げて、悲しかった。井納の心境を想像して、悔しかった。

今季から中継ぎへの配置転換を命じられた井納翔一 ©文藝春秋

 4月1日。7回のマウンドに井納は立っていた。先発のときと同じように、背中をかがめて地面に文字を書く。リリーフとしての最初の登板だから数字で「1」と。そしてこの上なくテンポよく、フォークやスライダーを嶺井のミットめがけて投げおろす。空振りで3つ目のアウトを取った瞬間、井納は歯を食いしばったまま吠え、ガッツポーズしていた。あんな顔、初めて見た。ベンチに戻り、篠原コーチに強めの頭ポンポンされて、筒香キャプテンにイジられて、ようやくいつもの井納の顔になっていた。

真っ暗な道を行くカナリヤ

『かなりや』の、最後はこうだった。

〈うたを忘れたカナリヤは/象牙の船に銀の櫂/月夜の海に浮べれば/忘れたうたをおもいだす〉

 試合の行方を占う、7回。それは先発だった今までとは種類の違う真っ暗な道。でも井納のあのガッツポーズと、その後のホッとした笑顔を見て、もしかしたら井納にとってリリーフが“月夜の海”なのかもしれないと思った。他の選手が経験したことのないような、キツイ場面で投げてきた井納だからこそ。そして今度こそ井納は思い出すのだ。自分の本当の強さを、勝つことを、エースであるということを。

 井納はカナリヤだ。7回のマウンドで私たちを勝利に導く、カナリヤ。

(童謡『かなりや』より 作詞:西條八十 作曲:成田為三)

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