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長いスランプのなかで『革命前夜』を書き出した時に「あ、これはいけるかも」と――須賀しのぶ(2)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2015/08/16

genre : エンタメ, 読書

note

ライトノベルと一般文芸の違い

――さて、さきほども少し触れましたが、この頃からスランプに陥ったとか。

須賀 『神の棘』のハードカバー版を書いた時に、非常に深刻なスランプに陥ってしまって。その時に一番痛感したのが、私が歴史もので書きたいと思ったものを書くのに、自分の筆力があまりにも足りないということだったんです。もっと明確に言うと、今までのライトノベルの書き方では、これは書けないと分かりました。で、『神の棘』を出した後も、そのせめぎ合いが続いたんです。

 たぶん、その時に『革命前夜』を選んだ理由のひとつとして、自分がリアルで知っている時代であることが重要だったんです。それまでは第二次世界大戦、つまり自分の知らない、資料の中でしか見ることができない時代の話なので、距離感を測りかねるところがありました。

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 でも『革命前夜』は知っている時代の話なので、自分のスタンスが置きやすかった。長いスランプのなかで『革命前夜』を書き出した時に、はじめて「あ、これはいけるかも」と。はじめて書き方が見つかった実感がありました。

革命前夜

須賀 しのぶ(著)

文藝春秋
2015年3月27日 発売

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――ライトノベルと、いわゆる一般文芸で書き方というのは具体的に、どういうことでしょうか。

須賀 主人公目線の置き方が違うというか。説明するのは非常に難しいですね。昔の自分にとって、登場人物というのはそれぞれのテーマを体現する駒にしかすぎませんでした。そこにライトノベル的なキャラクター装飾を施して、動かしていたんですね。ですから、大河でもキャラクターを書くことと歴史を書くことが分離していたんです。ハードカバーの『神の棘』では顕著でしたが、歴史パートと人物パートのカラーが全然違うんです。

 ライトノベル時代には、双方のバランスをとるために、歴史部分を薄めにするだけではなく、テンポよい会話でどんどんシーンを展開していったり、読者さんへのサービスシーンを入れたりしてました(笑)。そういうキャラクター主導の技術はライトノベル独特のもので素晴らしいと思いますが、一般文芸の歴史系では通用しない。でも無意識にやってしまうんですよ。これは、書き方を一から見直さねばならないぞと。何よりまず、どこに視点を置いてバランスよく見せるかを、ずっと測りかねていたんです。でもそれが、『革命前夜』の時になんとなく分かったんです。たぶん主人公が学生で人間関係も区切られていて、期間も一年以内の話だからというのも大きかったと思うんですけれど。

――『革命前夜』で主人公を日本人にしたのは、日本の読者が物語に入り込みやすいようにしたとおっしゃっていましたね。描かれる歴史的な出来事に対し、当事者というよりはある程度客観的に見ている立場にあるわけです。

 

須賀 そうですね。ただ、少女小説時代から、私は主人公を狂言回しとして書いているので、常にわりと観察者なんです。少女小説時代から、こだわってきたテーマのひとつが「異文化の衝突」なので、必ず主人公が異文化に入って観察するシーンがあったので……。

 ああ、そう考えると『革命前夜』って、主人公を日本人にしたことで、最初の自分のスタイルに近くなったのかな。今はじめて気づいたかも(笑)。主人公がウダウダしているのも、なんかごく初期の感じに似ているなと思ったんです。ああ、今気づいた。

――ライトノベルをずっと書き続けているうちに、初期の頃から書き方もだいぶ変わっていた、ということですか。

須賀 15~16年かけてやってきたけれど、私は少女小説でもだいぶ浮いていたんですよね。「あ、このパターンは須賀だね」という、分かりやすいパターンが出来ていたと思います。それが自分の個性だと勝手に思っていたんですけれども。で、そういうのを崩したくないと思っていました。それを崩すのは今まで読んでくれた方への裏切りではないかとも思っていました。

 一般文芸を書きはじめた時、少女小説も両方書いていこうと思っていたんです。どっちかを切り捨てることはしたくなかったんですけれど、でもそれは、読者を裏切りたくないというよりも、本当は自分がやってきたことを無駄にしたくないだけだったのかもしれません。本当はもう書き方を変えないといけないと分かっているのに、それを認めたくなかっただけじゃないかな、と、途中で気が付きました。

 よく考えてみれば、コバルトでデビューした時も、私、いきなりポンとデビューしちゃって、ゼロから始めたわけですよね。そこから一つずつやってきたんだから、「もう一回一から始めればいいや」と思えて。それで今までやってきた書き方を封印することにしました。

 もし本当に自分の中に培ってきたものがあるならば、私が一からやり直したとしても、個性なんてものは勝手に滲んでくるはずだと思って、もう今までのやり方は全部捨てて、見切り発車する気になったんです。

 もちろん、少女小説と一般文芸と、両輪でやっている人もいます。でも、私は駄目でした。

――じゃあ、今後少女小説を書くことはもう……。

須賀 当分ないと思います。書きたいとは思うんですけれど、今の私が書いたとしても、求められるものが書けるかは疑問なんですよね。それに今、少女小説の世界は私が書いていた頃とはあまりにも変わってしまっているので。