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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2018/04/03

リアル“口噛み酒”の凄まじい迫力――高野秀行のヘンな食べもの

※前回「昔は本当に処女が作っていた口噛み酒」より続く

イラスト 小幡彩貴

 アマゾンの口噛み酒の続き。アマゾン先住民の村長夫人が口噛みを始めたのだが、それが凄いの、なんの。

 マッシュ状のイモをまんじゅう程度の塊に丸めると口にぎゅうぎゅう押し込み、猛烈な勢いでバクバク食べるように噛むのだ。まんべんなく噛み終わったら、ドバッと鍋の中に吐き戻し、次の塊を口に押し込む。テオフィラさんの額に汗がにじみ、流れ出す。

 太ったおばさんが鍋の前にどっかと座り、汗だくになって次から次へとまんじゅうをがっついている(ように見える)。何かに似てると思ったら、「大食い大会」だった。

「君の名は。」では、巫女の噛んだ米が液状にとろっと流れ落ちていたが、実際にはそれもありえない。唾液にそこまでの水分はないからだ。米とイモでは若干ちがうだろうが、いずれにしても液状ではなく、きめの細かいペースト状になる。だから吐き出すと、鍋の中にボタッと落ちる。

口噛み

 ロマンチックさは皆無。だが、別の意味で官能的だった。人がものを食べて吐くとは、極度にプライベートな行為であり、還暦近い女性であっても「俺、こんな間近で見ていいのか」と不安になる。もし若い娘がやっていれば、「肉食系セクシー女子」として異様な興奮をそそるだろう。

 もう一つ予想外だったのは、てっきり一部のイモを噛めばいいと思っていたのに、実際には全てのイモをまんべんなく口に入れることだった。どうやら、でんぷんを糖化するためには大量の唾液を必要とするらしい。噛んでは戻すという、まるで牛の反芻みたいな作業が延々と三十分も続き、やっと鍋一つ分が終わった。

 ……と思いきや、一休みして、テオフィラさんが意を決したように、また鍋の前にどかっと腰を下ろした。なんと再開! しかも、さっきはまだ遠慮していたんじゃないかという徹底ぶり。

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