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連載読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

武道館――読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

 書店で一番まぶしい場所は、単行本の棚だ。

 本には大きさが二種類あり、文庫本と単行本という分け方をされているが、私はいつも眩しさに吸い寄せられるようにして、店の一番前に平積みされている単行本の前で足を止めてしまう。

 色とりどりの表紙が並んでいるのは、ケーキ屋の店先にいるようなものだ。ショートケーキ、チーズタルト、チョコレートムース。

 私は心の中で指をくわえるようにしてじっと眺めてから、ようやく一つを選ぶことが出来る。

 ショーケースの中へ並べられたケーキが、どれも違う輝きで私を惑わすように、単行本にも個性があるのだ。

 例えば本によって使われている紙が違うので、手にした時の感触が一つひとつ違う。ざらざらしているもの、つるつるのもの、凹凸のあるもの。それにページをめくれば中に織り込まれている紙も一つひとつ違うし、タイトルに使われている書体も違う。

 さらにカバーを外せば、新たな表紙も現れる。それはカバーより大人しいデザインであることが多く、広告を抜かした素朴な姿がそこにあるようにも見える。

 それらを指でなぞりながら、どんな話が書かれているのか想像する。人差し指と中指で紙を撫でていると、早く全部を知りたくて落ち着かない気分になる。

 面白そうだなあ、どれにしようかなあ。今日は二つ買っちゃおうかなあ。

 そんなことを考えながら立ち止まる、この時間がとても好きだ。

 とはいえ文庫の方が値段も安く、持ち運びやすいサイズである為機能としては優れているのは間違いない。もっと言えば、何千冊も持ち運ぶことの出来る電子書籍ならば、圧倒的に利便性も良い。

 それでも私が単行本の棚で足を止めてしまうのは、もしかすると値段が安くなくて、持ち運びにくくて、一つひとつばらばらの大きさだからかもしれない。

 自分のご褒美の為に買っていた文庫本より大きな表紙。ずしりと重みがあるのを確認しながら、通学用の鞄にしまうのが嬉しかった。

 非効率であることは、必ずしも悪い訳ではない。

 人は手間や時間やお金がかかるものの方が、簡単に得られたものよりも愛しい時があるのだ。