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連載読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

くちなし――読書間奏文 藤崎彩織(SEKAI NO OWARI)

 母親になるとはどういうことなのだろう。

 妊娠が分かってから、徐々に膨らむ自分のお腹を見ながら、私はそんなことを考えていた。

 理屈の上では子供を出産した瞬間から私は子にとっての親になり、母という存在になる。けれど、本当にポーンと子供が生まれてきた瞬間から、

「ああ、母親になったのね」

 と心から思えるものなのか、私は訝しく思っていた。

 今まで自分の体に関わるものは、全て自分に所有権があった。髪を切るのも、排出物をトイレに流すのも自分の自由だ。三十年あまり生きてきて、それが自分の体においての当たり前のルールだった。

 しかし今回はなんと、自分の体から自分のものではない生命体が出てくるという。

 私の体にとっては、生まれて初めての喫驚仰天の事態だ。しかしそれも出産という過程を経ると、誰でもするりと飲み込めるものなのだろうか。

 やがて臨月を迎え、その日がそう遠くない未来になってからも、私は自分が母親になった姿をなかなか想像することが出来なかった。

 

 大きなお腹を抱えながら、私は彩瀬まるさんの『くちなし』の中から、「花虫」という短編を読んでいた。

 時々ぽこぽこと動くお腹の子供に本を支えている腕を蹴られて、ハードカバーの本が揺れるのを楽しみながら、私はゆっくりと物語を読み進めていった。

 すると、その中に子を持ったばかりの母親の気持ちについて書かれている部分があるのを見つけたのだ。

 私は思わず、本の端に折り目をつけて、

「もうすぐ私にもこの気持ちが分かるのかも……」

 と、お腹をさすってみた。

 母になるとは一体どんな感じなのだろう。私の生活は、来る日も来る日も「母になるのは今日かもしれない」という緊張感で溢れていた。

 スタジオへ足を運び、ピアノを録音し終えて、今日は何事もなく過ぎたとホッとして一日を終える。締め切りの原稿を書き終え、編集者からの返事を読んで、今日も平穏に終わったとホッとしてベッドに入る。

 時々お腹がきりりと痛むと、

「もしや、これが陣痛かもしれない」

 と数秒止まって自分の体を確認したりもしてみたが、最後まで仕事中に陣痛がくるようなことは起こらなかった。

 そして待っていたかのように、全ての仕事を終えた後、予定日ぴったりに陣痛が来たのだった。