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池上彰氏が明かす「『政界 悪魔の辞典』が生まれたある夜のできごと」

池上彰×福田裕昭(テレビ東京プロデューサー) #1

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真夜中に池上さんから送られてきた「新作」

――まさに一瞬の出来事だったんですね。

池上 「政界 悪魔の辞典」原案のワードファイルを見ますと、黒字は福田君の原稿。赤字は私が加筆した部分です。

 

福田 七味唐辛子をかけたみたいにピリッと辛口になって(笑)。 そして数分後の2時34分に、今度はより強烈な新作が送られてきたんですよ。

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・離党者 他党に行くのは裏切り者、自党に来るのは改心者。
・解散  全員を一瞬で無職にさせる総理の宝刀。乱用にご注意。
・土下座 これをすれば当選すると考える人がいる21世紀の奇観。
・タスキ 誰が候補者かわからないからこれをかける。
・「健闘を祈ります」 対立候補の車とすれ違うときにかける言葉。「お前は落ちろ」の意味。

池上 どうせなら「悪魔の辞典」という黒表紙の本が開くと文字が出て来るというテロップを作り、女性アナウンサーが無機質な声で読み上げる、という演出方式にしませんか、と提案しました。

福田 池上さんが「悪魔の辞典」を読み上げる音にこだわっていたので、会議で相内優香アナウンサーには“無機質に”読んでもらいました。そうしたら池上さんが「これだよ、この無機質さ」と言うので、相内アナに全ての読みを託しました。この声、誰もが相内アナとは気が付かなかったんですよね。「無機質さがいい」と池上さんはしきりにほめていました。

池上 そうでしたね。私が新作として思いついたものの中に、

・希望 失望までのつかの間の喜び。

 という項目があるのですが、ちょうど解散後に国民みんなが希望の党に失望させられて、衆院選の頃には目も当てられないような状況でしたよね。ほかにも、

・保守 “国体”を守りたい人も“利権”を守りたい人もいる。
・リベラル 左翼と呼ばれたくない人たちの自称。
・護憲勢力 憲法さえ守れればいいとしか思えない人も。
・改憲勢力 とにかくどこでもいいから憲法を変えたいという人もいる。

福田 相当、皮肉が効いていますね。たしか「文春砲」の項目も作りました。「木曜に放たれる砲弾。これを食らうと政治家は立ち上がれなくなる」。「文春砲」の模型まで作ったんですよ。つまり、この「政界 悪魔の辞典」の原案を、2日後の10月8日には番組の主要チームに送り、デザイナーの植松淳さんが模型案をすぐに考えて、この用語を紹介するときにはこの模型を使おうと。ディレクターもそれに合わせて見せ方を考えようとすぐに動き出しました。

池上 政治や選挙の取材をしていると、「本音と建前」の乖離を色々な場面で見ることができますよね。私はその「本音」部分を、選挙特番で出すと面白いのかなと思っていました。対立候補同士の宣伝カーが来ると、「〇〇候補の健闘をお祈りします」と声を掛け合いますが、「しらじらしいなあ」と。心の中では「この野郎、こんちきしょう。落ちろ」と言っているに違いないんです。「政界 悪魔の辞典」の面白さは、普段書けないようなことを「悪魔の辞典」という限定された枠組みの中でなら言えるというところ。「これは『悪魔の辞典』だから、あえて厳しい表現を使っているんですよ」という建てつけが重要だったと思っています。

 

福田 政治家とはいえ、落選したら結局はただの人というか、無職になるわけですし、「建前」を守れば「私は選挙のために生きています」なんて大っぴらに言えません。しかし「自分の身を守りたい」という「本音」をしっかりと持っているんですよね。「本音」の部分は、選挙の時だからこそ見え隠れする。これが実に面白いです。

池上 例えば「F票」。福田君は「創価学会員のお友達票」と書いてきて、それを私が「忘れていた同級生から電話が来る」と付け加えました。

福田 「忘れていた同級生から電話が来る」と言われると、「あるある」ってなりますよね。