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山本 一郎
2018/04/05

50代60代のビジネス老兵はどこに消えるのか

データサイエンスの現場にさっぱり中高年がいない件で

人工知能と人力車と人力車を引く人

 一方で、人工知能が人間の仕事を奪うって話もまた、危機感を持つという意味では大事なのでしょうが、仕事の質や働き方が変わる程度で、たいして大きな影響は無いでしょう。それを言い始めたら、ガソリン自動車が普及して道路が舗装されたら確かに人力車はいなくなりましたが、ガソリン自動車によって人力車がいなくなって人力車引いてる人の仕事が無くなって世の中は不便になったでしょうか。人力車を引くことが趣味で、人力車を引かなければ死んでしまうような人にとっては技術革新がその人の趣味を奪ったのかもしれませんが、その人はそもそも他の病を患っていると思うので大勢に影響はありません。

 どちらにせよ、データサイエンスでもビッグデータでもIoTでも人工知能でも、いずれの技術が勃興しようとよりお金になる働き方にシフトしていくだけで、より働ける人は人工知能を活かして生産的にやれるようになり、ついていけない人は老いも若きも仕事を失ったり給料が減ったりする、ただそれだけのことです。

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「仕事は自分で作るもの」

 以前、企業が採用を減らしたので「部下なし管理職」ができ、自分でお茶くみもコピーもしなければならない中高年が揶揄される時代がありました。でも、これさえも企業が働かない中高年に給料を払って組織に置いておくことのできたまだ幸せな時代の話でした。いまや、企業勤めが続けられなくなったおじさんがたを見るのは飲食店や運送業、介護の現場などであって、もちろんこれらの仕事が上だ下だというわけではないのですが、トレンドやテクノロジーのトレンドについていけなくなった老兵の行きつく先を見て「本当に彼はこれで良かったんだろうか?」と思うことが大なのです。生きていくためにやりたくない仕事を強いられるというのは、仕事の環境の変化に自身がキャッチアップできず、人脈作りも怠って、誰からもお呼びがかからなくなった結果、本来は「こんなことは俺の仕事ではない」と思いながらコンビニの店員をしたり、トラックを運転していたりすることではないかと感じるのです。そして、そういう中高年の姿を見て笑っている勤め人も、いずれ我が身になることだって漠然とした不安を胸に抱きながら日々を暮らしているんじゃないかと。

 中高年の方のリストラ話を耳にする機会が多いのですが、やはり「仕事は自分で作るもの」であり「利益を稼げる仕事をしてはじめてプロ」という風に思う機会は多いのです。どこそこ企業の執行役員だ部長だと言われればその企業看板に頭を下げることはあっても、その組織から辞めたあとに「おお、自由になられましたか。またご一緒しましょう」とならないのはどこに理由があるのか良く考えてほしいと思うわけであります。

 データサイエンスも私にとっては興味対象でありキャッチアップするべき分野なのでウォッチし続けているわけですけど、現場の手法が洗練されるほどに、それについていける中高年の率がグッと低くなるのが特徴です。また、世の中でもてはやされている人なのに理論が実践との落差を持ちすぎていて、起用されても成果が出ないまま業界から消えていくことも多い、非常に移り変わりの激しい世界です。

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