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明治人のごとく「よく学び、柔軟たれ」

阿川 黒船が来たときも、お役人は「家から出るな。あぶないぞ」と言うのに、みんな興味津々で、ぞろぞろ見物にやってきたといいますよね。恐怖よりも好奇心が勝っていたんですね。

磯田 予測できないことに対して、怖がらずに面白がる。それは現代人にも必要なことだと思いますね。これから20年後、30年後、想像もつかないような世の中になっている可能性があるわけですから。それと、明治人はどんな階層の人でもモーレツに勉強しているんです。社会のスピードが急速に早くなって、学ばなきゃいけないことがどんどん増えていくわけですからね。明治時代ほどみんなが勉強した時代はない。もうひとつは、昨日までは和式の大工だったけど、明日からは洋式の大工になれるみたいな行動の柔軟性。明治人に学ぶとすれば、「よく学び、柔軟たれ」ということでしょうか。

阿川 それで、全国津々浦々、近代化が一気に進んでいくわけですね。

中川 田舎に行くと、なぜこんなところにこんなものが、というような洋風建築があったりするんですよ。それが日本のすごいところ。でも、明治の中頃くらいから、近代化も大事だけど、もう一度伝統を見直さなければという意識が出てくるんです。

阿川 旺盛な好奇心で、新しいものをどんどん採り入れてみたいという気持ちと、先祖代々大切にしてきたものを守らなくてはいけないという気持ち。それを折衷する能力というのが、日本人にはあったんでしょうか。

歴史遺伝子の中にある島国的折衷能力

磯田 日本人は“変わるもの”と“変わらないもの”の両方が好きなんですよ。伊勢神宮の式年遷宮を見るとわかりますよね。20年ごとにお社は新しくなるけれど、境内地のあの二つの敷地は変わらない。永久螺旋のように同形類似が繰り返されている状態が非常に心地いい。明治国家も、新しい西洋の水は汲むんだけど、それを入れる瓶のほうは、神様印がついているような古くからのものなんです。

阿川 西洋のものをそのまま取り入れるわけじゃないんですね。

中川 文明の中心、インドとかエジプトとか中国とか、その周辺地域は影響をもろに受けることになります。ところが、日本は周辺のそのまた周辺で、海を隔てていますから、都合のいいところだけ受け入れて、そうでないものは受け入れていないんです。ワンクッションおいた場で育まれた独自の文化であって、日本建築はそういう意味では注目されています。

阿川 いいとこどりで、それを自分流にアレンジする島国的折衷能力というのが歴史遺伝子の中に組み込まれているのなら、国際社会でももっとうまくやっていけるんじゃないかなと思いますね。アメリカや中国から何か言われたら、自分たちなりにアレンジすればいいものを、まんま受け入れようとしていませんか、今は。

磯田 2000年近い歴史のなかで、日本はいちばん強い国の後ろについてきたわけですよ。明治時代はその点、楽だった。ヨーロッパというモデルがありましたからね。工業化と軍事化を推し進め、愛国心を育てて強い国にする。迷いなくモデルがあった。ところが、いまはそのモデルがないんです。だから、日本人自体が戸惑っている。

中川 モデルはやっぱり聖徳太子じゃないでしょうか。隋から見れば離れ小島みたいなところから、“日出処の天子”と。これは世界を知らなかったからです。でも、世界にとっていま何が大切か、そういう理念というか、思想を持っているかどうかということが重要だと思うんです。

磯田 自分のなかにモデルを見出すということですね。

阿川 まず自分に問う。自分の過去に問う。そのためにも、明治村に足を運んで、先人たちの足跡を辿ってもらいたいですね。

左から:中川武さん 阿川佐和子さん 磯田道史さん
左から:中川武さん 阿川佐和子さん 磯田道史さん

阿川佐和子(あがわ・さわこ)/作家・エッセイストとして数々のベストセラーを執筆するかたわら、テレビ、ラジオ等でも活躍。2015年、博物館明治村の4代目村長に就任した。

 

磯田道史(いそだ・みちふみ)/気鋭の歴史学者として、『武士の家計簿』『歴史の愉しみ方』など数々の著作を発表。NHK大河ドラマ『西郷どん』では歴史考証にも携わっている。

 

中川 武(なかがわ・たけし)/早稲田大学名誉教授。比較建築史、文化財建造物の保存修復の研究が専門。アンコール遺跡の救済にも尽力する。2014年、博物館明治村の6代目館長に就任。

INFORMATION

博物館明治村
住所:愛知県犬山市字内山1番地
博物館明治村のホームページ