昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載オカンといっしょ

オカンといっしょ #14 Pink(後篇)「人数合わせだっていい」

ツチヤタカユキの連載小説

genre : エンタメ, 読書

「人間関係不得意」で、さみしさも、情熱も、性欲も、すべてを笑いにぶつけて生きてきた伝説のハガキ職人ツチヤタカユキ。これは彼の初めての小説である。

 彼は、父の顔を知らない。気がついたら、オカンとふたり。とんでもなく美人で、すぐ新作(新しい男)を連れてくる、オカン。「別に、二人のままで、ええやんけ!」切なさを振り切るように、子どもの頃からひたすら「笑い」を摂取し、ネタにして、投稿してきた人生。いまなお抜けられない暗路を行くツチヤタカユキの、赤裸々な記録。

◆ ◆ ◆

「お前、今週の『ジャンプ』読んだか?」

 滅多に鳴らない電話に出ると、相手はピンクだった。唐突な問いに、僕は答える。

「読んでへん」

「最近の『ワンピース』終わってるわ。めっちゃダラダラしとんねん。マジで初期の頃のテンポ感に戻って欲しいわー」

「なあ、『ハンター×ハンター』って、まだやってるん?」

「いや、ずっと休載しとるよ」

 それを聞いて、僕は笑った。

「何がオモロいねん?」

「ガキの頃さ、『ハンター×ハンター』めっちゃ好きな奴おってさ、そいつ、冨樫が休載するたびに、学校とかで死ぬほど号泣しよるねん。マジで親死んだ時くらい泣いとってな」

「そいつ、どんだけ好きやねん!」

「今もさ、冨樫が休載発表するたびにな、会社とかで、親死んだ時くらい号泣しよる大人になったそいつの姿が頭に浮かぶねん」

「今はさすがに泣かんやろ?」

「でも、それが浮かぶねんやん? だから、冨樫が休載するたびにオレはちょっとオモロいねん」

 子供の頃は感じやすかった心が、成長するにつれてどんどん鈍くなっていく。大人になるって事は、心がどんどんコンクリート打ちっぱなしになっていくような感じ。

「それで言うたら、俺はAVがちょっとオモロいわ」

「AV?」

「飛行機の中で、CAとやるAVあるやん? アレ絶対に笑ってまうねん。何で何万フィートも上空でやっとんねん! と思って」

 そう言うと、ピンクは笑った。

「それから、あとは、あの時のお前やな」

「オレ?」

「出会ったばっかの頃にさ、俺にも大喜利ってやつ教えてくれって言うた時あったやん?そしたら、お前、急にリュックから大量のチラシ取り出して来て、その中から俺に一枚渡して来て、この裏に書くねんって言うて来たやん?」

「あったなー、車の中でやろ?」

「あの時、心の中でコイツめっちゃヤバい奴やって思ってさ、今も思い出したら笑ってまうわ」

 ピンクの所有する車は、巨大な黒のワゴン車だった。車内で僕がいくらお題を出しても、ピンクは鉛筆を握ったままフリーズしていた。

 それを見て、お笑いを始めたばかりの頃の自分を思い出した。何も浮かばない真っ白な頭。

 脳のシナプスを突いて、爆発させる。

 大喜利を教えてくれって言われても、それをどうやって人に教えたらええねやろ? 考えている間にピンクが飽きて、こう切り出した。

「借金あるからさ、この車な、もうすぐ持って行かれんねん」

「そうなん?」

「うん。色んな思い出があるわ。この中でドラッグやったりさ、そこらへん歩いてる女連れ込んで、やったりさ」

「この中で?」

「せやで。この前なんか、風俗嬢とやってんやん? それからめっちゃ、チンコかゆいねん」

「病院行ったら?」

「いや、ええわ」

「なんでやねん。行けよ」

「だって、何言われるか怖いやん? だから今はな、かゆくなったらチンコを上から手でポンポン叩く事しか対処法ないねん」

「対処になってんのか? それ」

 あきれて言った僕に、ピンクがお返しのように聞く。

「お前、今の状態、オカンに何も言われへんの?」

「言われへんよ」

「ええのう」

「オレ昔、ネトゲ廃人やってんやん? それよりマシやと思ってんちゃう?」

「ネトゲ廃人?」

「ネットゲームあるやろ? アレをずっとやり過ぎて、生活が破綻しとる奴の事や」

「お前も破綻しとったん?」

「しとったよ。飯食う時もコントローラー握ったまま食うてたし、寝る時も基本的にそうで、座ったまま寝落ちや」

「ヤバいな」

「でも、中2の時に、データが消えてんやん? 今までの全部、めっちゃ無駄やったんやって思ってやめてん。ほんで、その時間を全部お笑いに使うようにしたら、こうなったわ」

「じゃあ、消えて良かったやん」

「せやな。もしデータが消えてなかったら、今もネトゲ廃人のままやったかも知れへん。絶対あの後もずっとやり続けて、ネトゲ廃人のままやったわ。だから、今もしそんな人が世の中におったらな、そいつをもう一人のオレみたいに思ってまうねん。ホンマはそうなっとったかもしらん、もう一人のオレやわ。

 あの当時の中学のオレですら、ネトゲ廃人ってだけで周囲から虐げられとったから、大人になってもそうやったら、もっとやろな」

「そうかもな。でも、そいつらは、絶対世の中にいるで? 周囲にめっちゃ虐げられとったとしても、絶対にいるわ。合コンの人数合わせで呼ばれる奴とかおるやん? それみたいなもんやろ? どんだけ世の中にいらんように見える奴も、絶対にいるねん。そいつらは人数合わせやねん」

「人数合わせって何の?」

「地球のや。だから、この世にいらん人間なんか、一人もおらんねん」

 そう言うと、ピンクは「やっぱかゆいわ」と言って、自らの股間をグーで殴った。

◆ ◆ ◆

つづく(※小説「オカンといっしょ」は毎週金曜17:00に公開します)