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ぼくらの近代建築散歩 in韓国[ソウル・仁川編]――万城目学×門井慶喜 #2

旧ソウル駅は「巨大な銀の鈴」?

 2人の人気作家が、韓国の近代建築を訪ね歩いた――対談の後編は、ソウルにある旧京城医学専門学校付属医院からスタートです(全2回/#1より続く)。

◆ ◆ ◆

◆ 旧京城医学専門学校付属医院(ソウル)

門井 旧京城医学専門学校の付属医院だった建物は、いま国立現代美術館ソウル館として賑わっています。万城目さんが足で見つけた建物ですね。

旧京城医学専門学校付属医院。万城目「レンガが白い線とともに奥へ伸びて知的」 ©石川啓次/文藝春秋

万城目 今回は文化交流使として、韓国人読者とのトークイベントやサイン会をやったので、門井さんより数日早くソウル入りしたんですが、市内をひとりでさんざん練り歩きまして、その間に見た建物の中でも一番いいなと思いました。まず外観が非常に知的。レンガがビシーッと白いラインとともに奥へ伸びていく。とても好きなタイプの建物です。1928年に完成して以来、日本軍の陸軍の病院だったり、日本が去ったあとも国家機密を扱う機関が入ったり、外観のイメージには全く合わない使われ方ばかりだった。2013年にようやく現代アートの美術館として使われるようになって、建物の性格にマッチした使われ方にやっと出会えてよかったね、と言ってあげたい。

門井慶喜さん ©石川啓次/文藝春秋

門井 横長の建物に横のラインが強調されていて、窓も横長。窓枠の上下の白い線も横長で、単体でみたらバランスを欠いていると思うんですが、周りの風景が広々として、高い空の下ですごく印象がいいんですよね。意外と縦方向の開放感があります。

万城目 窓が大きいですよね。僕、韓国の建物は、冬のこと考えてもっと窓が小さいんかなと思っていたんですが、意外とみんなバンバン窓取るんやなって。冬のことを恐れず。ちなみにこの建物、今日になって突然行くことになったのに、門井さんは建設時期を言い当てた。

門井 まず、赤レンガであること。これで、日本で言えば明治初期か中期を疑う。一方で、窓を横長に連ねただけで、縦横の構成要素が極めて多く、ほぼそれだけのデザイン。すると、これが意外とモダニズムの文法なんです。現代のビルはもう縦横しか要素がないですが、あれはモダニズムの最終形なんです。その萌芽がこの建物には既にある。ということで赤レンガは罠であると。本質はモダニズムとなると、それが流行りだしたのは大正の後期から昭和にかけて。すると1920年代なんです。

万城目 すごいなぁ。物質よりも精神を見破ったわけですね。

門井 たまたま当たりました(笑)。

■万城目学さんお勧め建築
1「仁川税関旧倉庫」(仁川、明治後期)
2「旧京城医学専門学校付属医院」(ソウル、1928年)
3「旧ソウル駅」(ソウル、1925年)
4「旧木浦日本領事館」(木浦、1900年)
5「旧釜山税関庁舎」(釜山、1911年)
6「影島大橋」(釜山、1934年)

■門井慶喜さんお勧め建築
1「旧済物浦倶楽部」(仁川、1901年)
2「旧朝鮮銀行本店」(ソウル、1912年)
3「旧京城裁判所」(ソウル、1928年)
4「梨花女子大学」(ソウル、1935年~)
5「明洞聖堂」(ソウル、1898年)
6「旧広津吉三郎邸」(群山、1935年)

■番外
「東大門デザインプラザ」(ソウル、2014年)

※年は完成年

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