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羽生結弦、カー娘、ザギトワ……平昌五輪「ちょっといい話」

生島淳が目撃したメダリスト達の心温まるエピソード!

2018/04/20

 平昌オリンピックの開会式前日、朝の7時25分にいそいそと散歩に出かけた。会場周りの様子をカメラに収め、資料にしようと色気を出したのである。

平昌オリンピックの公式マスコット ©JMPA

 ところが20分経ったところでギブアップ。川は凍結して溶ける気配すらなく、寒気が顔を襲い、まるで針が刺さったようなのだ。「こりゃ、夜8時スタートの開会式は地獄だな」と思ったが、開会式の視察に訪れた日本の政治家の方の中には、インフルエンザに感染してしまった人もいた模様。かくいう私も日本に一時帰国したところ、しっかりと感染していたのであった。

凍った川

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 スピードスケートの500mで金メダルを獲得した小平奈緒は、長野県出身。小学校5年生のときに長野オリンピックが開かれ、選手としての夢が膨らんだ。ところが、信州大学の卒業を間近に控えた時期はリーマンショックの最中で、就職先が見つからない。当時、朝日新聞の記者におどけながら「私を雇ってください。自分で滑って、自分で記事を書きますから。このままじゃ、ニートスケーターで……」とまで言っていた。

©JMPA

 彼女を雇った長野県松本市にある相澤病院は、今や日本でも名の知れた病院のひとつになった。

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 500mのレースが終わり、金の小平と銀のイ・サンファ(韓国)が抱擁したシーンは平昌オリンピックの名場面のひとつ。韓国のテレビでも大きく取り上げられ、まさにスポーツマンシップが凝縮されたシーンだったが、小平の活躍を見た文部科学省にお勤めの方の感想が興味深かった。

©JMPA

「彼女こそ、文武両道の鑑(かがみ)です! 国立大学出身者から金メダリストが出て、国際交流も出来る。我々が求めているのは小平さんのような人材なんです!」

 誰もが出来ることじゃ、ないけどね。

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