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古い記憶を明るく染める シリーズ最新刊『花ひいらぎの街角』──「作家と90分」吉永南央(後篇)

話題の作家に瀧井朝世さんがみっちりインタビュー

2018/04/14

genre : エンタメ, 読書

note

地方に暮らす者にとってのリアルな話

――他でも地方都市で起きそうな問題が描かれます。第2巻『その日まで』では詐欺まがいの土地売買グループが登場したり、ライバル店の嫌がらせとか、駐車場問題とか、第3巻の『名もなき花の』では民俗学者の郷土研究の事件があって。

名もなき花の 紅雲町珈琲屋こよみ (文春文庫)

吉永 南央(著)

文藝春秋
2014年7月10日 発売

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吉永 車社会の地方では駐車場の件はもう、ほぼ何事にもくっついてくる話です。『名もなき花の』で書いたような事件が実際身近にあったわけではないんですけれど、郷土史家と言われている人は地方にはたくさんいらっしゃる。そういう話をミックスして、地方に暮らしている者にとってリアルな話を書いています。

――第4巻の『糸切り』ではショッピング・ストリートの苦境などが盛り込まれます。他の巻でもそうですが、新しいことをやろうとする若い人たちも登場しますね。UターンやIターン組もいますし。家業を継ぐかどうかの問題も結構出てきます。

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吉永 就職が難しかった時代は、地元に戻って家業を継ぐ人たちも増えていましたね。それとは別に転勤で地方に来る人たちもいますから。昔からの商店と、後からきた大手の支店があって、土地の人と外の人との関係もありますし。

体が丈夫でないから、体力が衰えたお年寄りの気持ちが少しわかる

――お草さん以外にも、全巻を通して登場する人たちがいます。お草さんの友人の由紀乃さんも大事な存在ですよね。彼女は脳梗塞を経験して身体が不自由になり、物忘れも進行しています。

吉永 お草が自由に動き回ったりいろんなことをしている間、紅雲町にドンと根を下ろしてバランスよく生きている人なんですよね。お草にワーッといろんなことがあっても、由紀乃のところへ帰っていろいろ話を聞いてもらうと、考えが整理されてどうしたらいいかが分かっていく。港みたいな感じでしょうか。そういうことをたぶん小さい頃からやっているんだと思います。お草が彼女を「由紀乃さん」と呼び、彼女がお草を「草ちゃん」と呼ぶところにその関係が表れているのかなと思います。だから、お草が身体の不自由な由紀乃さんの面倒をみているみたいに書いてはありますが、お草にとっては彼女が精神的にとても大きな支えになっているんです。

吉永南央さん ©榎本麻美/文藝春秋

――そんな由紀乃さんの記憶がちょっとあやふやになってきているのは寂しくもありますね。

吉永 ですかね。でも自分もいつか行く道でもあるわけで。だから、そういうことも目をつぶらずに普通に書こうと思いました。

――確かに、お草さん自身も物忘れはするし、老眼鏡が手放せないし、真夏に出かけて倒れたりと、体力の衰えを感じながら行動していますよね。

吉永 自分も体があまり丈夫なほうではないので、そのへんの気持ちが分からないでもないです。結構努力して健康な状態を保つようにはしていますが、身体が萎えちゃうことや、もうひとつ頑張れなくなる気持ちを経験しているのは、お年寄りを書くうえでは役立っているかもしれません(笑)。

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