文春オンライン

連載文春図書館 今週の必読

安倍晋三に肉薄した記者によるドキュメント

『総理』 (山口敬之 著)

2016/08/09
note

安倍晋三総理については極端に異なる評価が併存している。右派勢力にとってはアイドルないし切り札であり、リベラルにとっては「人間じゃない」。

 本書では、安倍総理と官邸中枢の実像を、政局の決定的な時点でもサシで話せるほどの関係を築いている政治部記者が生々しく描いている。美化ともいえるが、本書で描かれた実像を無視した安倍イメージは幻想になりかねない。

 本書から分かる印象的な事実は、副総理兼財務大臣を務めている麻生太郎が、菅義偉官房長官と並んで安倍総理にとってきわめて重要な支柱だということ。吉田茂と岸信介という大物総理を祖父に持っているという共通点が、二人を結びつけているらしい。吉田と岸が宿敵の関係にあったことを考えると、孫同士の政策志向を越えた友好関係は意外であるとともに興味深い。

ADVERTISEMENT

 どうも、統治者意識とでもいうべきものが家系によって継承されているらしい。これ自体は民主主義の観点から望ましいこととは言えないが、総理や首長の最近の事例を見るにつけ、統治者意識をもった政治指導者が民主主義のなかでどう育ちうるのかという問題を考えさせられる。

 いくつかのエピソードが興味深い。化学兵器を使ったとしてシリアを空爆しようとするオバマ大統領が支持を求めてきていた時期に、あえてアメリカが傍受している可能性のあるメールを使って、安倍総理が著者に「この状態では空爆は支持できないね」と書いてきたという。

 また、2013年初夏、消費税引き上げをめぐって財務省が包囲網を強めるなかで、安倍は著者に次のように話したという。「外堀を埋めているつもりなんだろ? 決めるのは総理大臣なんだからさ。アベノミクスの税収増分が何兆円も積み上がっているんだぜ」

 アメリカや財務省に対してこうした戦略的な姿勢を示し得た総理は、少なくとも民主党にいたようには思われない。

やまぐちのりゆき/1966年東京都生まれ。フリージャーナリスト、アメリカシンクタンク客員研究員。90年慶應大学経済学部卒、TBS入社。ロンドン支局などを経て、2000年から政治部。16年5月、TBSを退社。

うしろふさお/1954年富山県生まれ。名古屋大学大学院教授(政治学、行政学、NPO論)。著書に『政権交代への軌跡』など。

総理

山口 敬之(著)

幻冬舎
2016年6月9日 発売

購入する
安倍晋三に肉薄した記者によるドキュメント

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春をフォロー

関連記事