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エンゼルス大谷翔平「人生一番の試合」 対戦相手が証言

「人生一番は、小学生くらいの時」――。4月8日(現地時間)、投手として2勝目を上げたメジャーリーグ・エンゼルスの大谷翔平(23)は、試合後の会見で“人生最高のピッチング“を聞かれ、こう答えている。

父は社会人野球、母はバドミントンの選手だった ©共同通信社

 2007年6月3日、リトルリーグ全国大会出場をかけた東北大会準決勝。大谷がエースで3番、キャプテンを務める「水沢リトル」は、「福島リトル」と対戦。当時大谷は中学に上がったばかりの12歳だった。この全国行きの切符をかけた試合で、大谷は、規定の6イニング全18個のアウトのうち、初回から9者連続を含む17個の三振を奪う離れ業をやってのけた。

 当時、大谷とバッテリーを組んでいた佐々木遼輔さんもこう語る。

「リトル時代、あの試合が一番のピッチングだったと思います」

「福島リトル」の4番でキャプテンだった笹川裕二郎さんは述懐する。

「ストレートだけではなくて、スライダーのキレも凄まじかったです。僕は左打ちなんですが、アウトコースの真っ直ぐだと思ってスイングした球が、えぐるように曲がって足に当たったんです」

「福島リトル」は四回、内野安打のランナーを置き、笹川さんがタイムリーツーベースを放って唯一の得点を挙げた。

「バットを短く持ち、苦し紛れのノーステップ打法でストレートを当てにいったら、打球がショートの頭を越えて左中間を抜けていった。後でバットを見たら、面が少し凹んで平らになっていました。カーボン製なのでちょっと柔らかい材質ではありますが、目を疑いました」(同前)

リトルリーグ時代の被弾シーン(左)と当時の大谷

 4月19日(木)発売の「週刊文春」では、「福島リトル」の主力選手へのインタビューなどを交え、“伝説”と化した一戦について詳しく報じている。

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