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教え子に手をかけた「青学・春木教授事件」に潜む“腹の立つ”真実

姫野カオルコが『老いぼれ記者魂』(早瀬圭一 著)を読む

2018/04/23
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『老いぼれ記者魂 青山学院春木教授事件四十五年目の結末』(早瀬圭一 著)

 腹の立つ本だ。第一章から第五章まで猛烈に腹が立つ。地道に勉強して試験を受けている受験生を愚弄する情実入学。学究の徒にあるまじき教授陣の地位闘争。あくどい地上げ。腹の立つことばかり詳述されているが、何より腹が立つのは、この事件の裁かれ方である。

 タイトルは地味きわまりなく、「なんでこんなタイトルにしたんだよ」とさえ腹が立ってくるが、「青山学院春木教授事件四十五年目の結末」というサブタイトルが付いていると言えば、未読であっても、腹を立てたという評者の反応に、さもありなんと思う人もいるはずだ。

 ハルキといえば、村上でも角川でもなく、この事件を真っ先に思い出す人がきっといる。なぜなら……、事件が報道されたのは一九七三年。評者は中二だった。青山学院とも表参道とも、無縁どころか名前すら知らない関西の田舎町に住む中学生が「え!?」と思う事件だった。教授と女子学生の醜聞だったからではない。たしかに新聞見出しはそのように煽ってあり、中二女子の気を大いにひき、記事を読んだわけだが、読むと「え!?」と思った。ヘンだと思った。何がヘンなのかわからないのだが、何かヘンな感じがしてならなかった。まだインターネットなどない昭和四八年の、田舎の、ぼんくらな中二さえ、そう感じたのだ。大人なら、もっと強く、この事件にヘンさを感じたはずだ。たぶん何万人も、いやもっといたのではないか。

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 にもかかわらず、この事件のヘンさは解明されずじまいのままだ。

 本書は、この事件がヘンだと、当時から感じていた記者が、四十五年目にして得た情報、すでに持っていた情報のすべてを綴り尽くし、なおかつ、それらから新たに、これまでの自分が気づかなかった事柄を絞り尽くして、世の人々の前に明かす一冊である。

 だから読んだ者は腹が立つ。「これでは徳島ラジオ商殺し事件と同じではないか」「なぜこんな展開で裁判が進めて行けたんだ」と。

 終始腹を立てて読了すると、次にはゾーッと鳥肌の立つ恐怖が待っている。正直に決まりを守って生活している市民には見えぬところで、強権の者が司法さえも操作しているのか。鮮やかなまでに良心の抜け落ちた人間が人生を快適優雅に過ごしているのかと。

 しかし。そうであっても一市民である以上、それらの悪徳者を断罪するべきではない。おそらく早瀬圭一はこの結論に達したのだろう。読者以上に腹を立てている自らを抑え、『老いぼれ記者魂』という地味なタイトルを選んだのだろう。

はやせけいいち/1937年大阪府生まれ。61年、毎日新聞社に入社。名古屋、大阪、東京社会部を経て編集局編集委員。82年、『長い命のために』(新潮社)で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『聖路加病院で働くということ』(岩波書店)など著書多数。

ひめのかおるこ/1958年滋賀県生まれ。作家。14年『昭和の犬』(幻冬舎)で直木賞を受賞。近著に『謎の毒親』(新潮社)。

教え子に手をかけた「青学・春木教授事件」に潜む“腹の立つ”真実

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