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こども特派員として「ソ連」に行った少女が「ロシア」再訪で見つけたこと

源貴志が『グッバイ、レニングラード』(小林文乃 著)を読む

2018/04/24
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『グッバイ、レニングラード ソ連邦崩壊から25年後の再訪』(小林文乃 著)

 この春には二〇〇〇年生まれの新入生も加わったいまの大学生にしてみると、「ソ連」というのは歴史上の存在に過ぎない。

 この本の著者は、十歳のとき、テレビ番組の「こども特派員」としてモスクワを訪問し、「社会主義」ソ連の生活を体験する。その年(一九九一年)の暮れにソ連は「崩壊」した。

 さらにその五十年前(一九四一年)、ナチス・ドイツによる包囲戦のなかで、ソ連第二の都市レニングラードは、一〇〇万に近い数の凍死・餓死者を出す。悲惨きわまる生活のなかでも、市民は芸術を愛する心を失わなかった。なかでも、彼らに希望を与えたのは、ショスタコーヴィチの交響曲第七番の初演である。

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 二十五年後(二〇一六年)にプロデューサーとして「ロシア」を再訪した著者は、その初演にいたる経緯を追う。この本はその取材旅行の記録である。著者の筆は、二〇一六年のロシアから一九四一年、あるいは一九九一年のソ連へと自在に駆け巡る。レニングラードがもともとサンクトペテルブルクという名前だった「帝政時代」へも。

 取材の道筋は、まるでガイドブックに載る代表的観光地を巡るかのようではあるが、そのいずれの地にも包囲戦の記憶は残る。取材中に出会う人びとには、通訳から各施設のガイドに至るまで、「誰にでも自分だけの物語がある」――社会主義、崩壊、自由主義。七十五年前の包囲戦の生き証人、二十五年前のクーデターの目撃者、どちらも知らずに、ソ連時代に憧れる若者たち。

 著者自身にも物語がある。社会主義に憧れ学生運動に身を投じた両親に対する違和感。ソ連軍の捕虜になった祖父の記憶。二十五年前のロシア人通訳との交流。

 ソ連――社会主義の壮大な実験。しかし、そのなかで生きた人びとの物語は、決して「実験」などではない。一つ一つの物語のかけがえのなさにつながろうとする著者のこの新たな物語を、いまこそ若い人たちに読んでもらいたいと思う。

こばやしあやの/1980年生まれ。ライター、出版プロデューサー。91年TBS特別番組の子供特派員としてモスクワを訪問。17年BSフジ『レニングラード 女神が奏でた交響曲』の番組企画、リポーター等を務めた。

みなもとたかし/1962年石川県生まれ。早稲田大学文学学術院教授。専門は19世紀ロシア文学、日露文化交流史、ロシア書誌学。

グッバイ、レニングラード ソ連邦崩壊から25年後の再訪

小林 文乃(著)

文藝春秋
2018年3月8日 発売

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こども特派員として「ソ連」に行った少女が「ロシア」再訪で見つけたこと

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