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内田 樹
2018/04/30

団塊世代が介護の現場に与えるインパクトとは

――2024年には「団塊の世代」がすべて75歳以上になります。

内田 1950年生まれの僕もその一番端っこにいるからよく分かりますけれど、団塊の世代はとにかく数が多い上に、同質性が高くて、かつ態度がでかいんですよね(笑)。生まれてからずっと日本社会において最大の年齢集団だったわけですから当然ですけど。子どもの頃からつねにマーケットの方が僕たちのニーズを追いかけてくれた。僕らの世代に受けたらビッグビジネスになるんですから。だから、どうしてもわがままになる。自分たちのやりたいことをやっていると、世間がついてきてくれる。他の世代との協調性がなくて、自分勝手な集団がそのまま後期高齢者になるわけですからね、介護・医療の現場の方々に多大なご苦労ご迷惑をかけることになるのではないかと心配です。介護・看護の現場はとにかく仕事がハードなうえ低賃金ですから、離職率が高い。介護職員は2025年に必要数に対して約40万人不足すると予測されています。今からよほどきちんと制度を設計し直さないと、介護の現場は立ち行かなくなると思います。

 制度の手直しだけでは間に合いません。一人一人が高齢者になっても自立的な生活ができるような自己訓練が必要だと思います。若い時から、自分で料理を作ったり、家事をしたり、育児をしてきた人は、自分が高齢者になっても、なんとか自立的な生活ができますし、介護されるような場合でも、介護者の気持がある程度わかると思います。だから、介護者とのコミュニケーションが取れるし、他の高齢者たちとの共生もできる。でも、若い時からずっと仕事漬けで、家事も育児も介護もしたことがないという男性の場合は高齢者になった時に、ほんとうに手に負えなくなると思います。生活能力が低すぎて。

 高齢者にとって最も大切な生活能力は、他人と共生する能力です。理解も共感もできない他人とも何とか折り合いをつけることのできる力です。不愉快な隣人たちと限られた資源を分かち合い、共生できる力です。でも、そういう能力を開発する教育プログラムは日本の学校にはありません。ひたすら子どもたちを競争的な環境に放り込んで、相対的な優劣を競わせてきた。その同学齢集団のラットレースで競争相手を蹴落とすことで出世するシステムの中で生きてきた人間に高い生活能力を期待することは難しいです。

大量の「幼児的な老人たち」をどうするか

――これからは高齢者層もまた社会的な成熟が求められる時代ということですね。

内田樹 ©文藝春秋

内田 いや、申し訳ないけど60歳過ぎてから市民的成熟を遂げることは不可能です。悪いけど、大人になる人はもうとっくに大人になってます。その年まで大人になれなかった人は正直に言って、外側は老人で中身はガキという「老いた幼児」になるしかない。同世代の老人たちを見ても、いろいろ苦労を経て、人間に深みが出てきたなと感服することって、ほとんどないですから。これから日本が直面する最大の社会的難問はこの大量の「幼児的な老人たち」がそれなりに自尊感情を維持しながら、愉快な生活を送ってもらうためにどうすればいいのかということですね。これは国家的な課題といって過言ではないと思います。

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