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2018/04/30

危機的な状況になぜ対応できないのか

――気が遠くなるようなタスクですね。

内田 でもこの「幼児的な老人」の群れは日本人が戦後70年かけて作り込んできたものですからね、誰を恨むわけにもゆかない。戦後社会は「対米従属を通じての対米自立」というそれなりに明確な国家的な目標があったわけです。そして、この国家戦略は市民ひとりひとりが成熟した個人になることによってではなく、同質性の高いマスを形成することで達成されるとみんな信じていた。その方が確かに作業効率がいいし、組織管理もし易い。消費行動も斉一的だから、大量生産・大量流通・大量消費というビジネスモデルにとっては都合がよかった。だから、国策的に同質性の異様に高い集団を作ってきた。でも、こういう同質性の高い集団というのは、「この道しかない」というタイプの斉一的な行動を取ることには向いているんですけれど、前代未聞の状況が次々と到来するという危機的な状況には対応できない。そのつどの変化に即応して、「プランA」がダメなら「プランB」という臨機応変のリスクヘッジは、多様な才能、多様な素質をもった個人が「ばらけて」いることでしか果たせないからです。でも、多様性豊かな国民を育成するという方向には戦後日本社会はほとんど関心を持たなかった。

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金儲けと人間的成熟のリンケージが切れてしまった

――本書のなかで、本来「経済活動の本質は人間の成熟を支援するためのシステム」だと指摘しています。なぜ、戦後日本人の経済活動は、市民的成熟と結びつかなかったのでしょうか。

内田 本にも書きましたが、経済活動というのは、恒常的な交換のサイクルを創り出し、それを維持することを通じて、人間の成熟を支援するための仕組みです。交換活動を安定的に行うためにはまず市場、交通路、通信網を整備し、共通の言語・通貨・度量衡・商道徳などを作り出さなければなりません。交換活動の安定的で信頼できるプレイヤーとして認められるためには、約束を守る、嘘をつかない、利益を独占しないといった人間的資質を具えている必要がある。

 トロブリアンド諸島の「クラ交易」では、交換される貝殻にはほとんど使用価値がありません。でも、その無価値なものを安定的に交換し続けるためには、さまざまな人間的能力の開発が求められる。詳細は本文に譲りますけれど、クラ交易のプレイヤーに登録されるためには、「良い人」「信頼できる人」であることが必要です。大人でなければ、この交換事業には参与できない。そのように制度が作られている。

 でも、高度経済成長期以後、日本では金儲けの能力と人間的成熟の間のリンケージは切れてしまった。子どもでも嘘つきでもエゴイストでも、勢いに乗れば経済的に成功できた。でも、プレイヤーに市民的成熟を要求しない経済活動というのは、人類学的には経済活動ではないんです。無意味だから。そんなのはただの時間潰しのゲームに過ぎない。そんなゲームは人類が生き延びてゆく上では何の意味もない。

 もうひとつ、戦後日本の場合、近隣国から「エコノミック・アニマル」と蔑まれるほど必死に経済活動をしていましたけれど、あれは実はアメリカを相手に「経済戦争」をしていたんです。敗戦国となり、国家主権を失い、アメリカの属国身分にまで落ちたけれど、経済的に成功して、国際社会で重きをなすことを通じて、アメリカの支配から脱出しようとしていたんです。高度成長期の日本人は「そこまでして金持ちになりたいか?」というような異常な働き方をしましたけれど、あれは単に金が欲しかっただけではなくて、「経済大国になって、アメリカからイーブンパートナーとして認められ、国家主権を金で買い戻す」という国家戦略にもドライブされていた。とにかく「今度は経済でアメリカに勝つ」ということについては国民の間の暗黙の合意があったと思います。

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