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連載THIS WEEK

井上 久男
2016/10/22

トヨタと遺言提携
狸オヤジが見せた創業家外交の手腕

source : 週刊文春 2016年10月27日号

genre : ビジネス, 企業

スズキを国内販売台数3位に育てた修氏
Photo:Kyodo

 トヨタ自動車の豊田章男社長(60)とスズキの鈴木修会長(86)が12日、共同記者会見して、提携に向けた協議を開始すると発表した。ただ、肝心の中身は「何も決まっていないので、すべてはこれから」と答える前代未聞の提携発表会見となった。

 提携を打診したのはスズキ側だ。8月30日、スズキは再検査した国交省から「問題なし」のお墨付きをもらい、燃費不正データ問題に一段落をつけた。そこから、修氏は動き始めた。

「9月初めに豊田章一郎名誉会長(91)に会って思い切って提携を相談したところ、『協議はしてみてもいいのではないか』と言われた」(修氏)

 背景には、自動運転などIT化が加速し、グーグルなど他業種からの参入も進む中、スズキは出遅れ、「伝統的なコスト削減の技術を磨くだけではいずれ行き詰る」(修氏)との危機感があった。

 章一郎氏とは、創業家出身同士ということもあって仲が良く、定期的に会って食事をする仲だった。

「単独での生き残りが不安な鈴木会長が泣きつき、ウマの合う章一郎氏がその場で受けてしまった。高齢のオーナー同士が息子の将来を心配して残した“遺言提携”です」(自動車担当記者)

 事実、章男社長は会見でこう語っている。

「名誉会長からは『修さんに会ったから』の一言があっただけ」

 修氏が章男社長に会ったのは、記者会見のわずか数日前だった。

 一方、スズキの鈴木俊宏社長(57)も周辺に「私も会見2日前に知って驚いた」と漏らしたという。

 実はスズキにとって、困った時の「トヨタ頼み」はお家芸だ。1度目は1950年、資金繰りに窮したスズキはトヨタの「親会社」豊田自動織機に融資を依頼。1975年には、スズキのエンジンが排ガス規制をクリアできず、専務だった修氏が、豊田英二社長(当時)に頭を下げ、競合相手であるダイハツ工業からエンジン供給を受けた。

 米GM、独フォルクスワーゲンと提携先を次々に変えてきた修氏。今回も相手の懐に飛び込み、理屈抜きの提携開始を決めてみせた。老いてなお、“狸オヤジ”の面目躍如の提携劇だった。

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