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加藤登紀子「70年あまり生きて、人生を見渡せるところまで来たかな」

加藤登紀子――クローズアップ

source : 週刊文春 2018年5月3・10日号

genre : エンタメ, 音楽, 読書

加藤登紀子氏

「ヒット曲を並べたベスト盤は前にも幾つか出してきたけれど、今回のアルバムは、私がいま歌いたいと思っている曲、それに、みんなも本当はこれを聞きたいのでは、という曲を集めたの。それぞれの曲との出会いは偶然。たとえば韓国の歌『鳳仙花』は、目の前で口ずさんでいるのを聞いたのが出会い。ラトビアの子守歌だった『百万本のバラ』も、知人の日ロハーフの歌手の歌を聞いて。でもこうして並べると、それぞれの曲がつながって、1枚の絵みたいね」

『TOKIKO'S HISTORY』と同じタイトルをつけて、ベストアルバムと、その収録曲とリンクする自叙伝をこの春刊行した加藤登紀子さん。収録曲は『時には昔の話を』や『知床旅情』などよく知られた曲だけでなく、フィリピンのヒットソングやベトナム戦火のなかで歌われた歌、ポーランドでナチスと戦ったパルチザンの歌など多彩だ。それらの歌のエピソードとともに、自叙伝では、加藤さんの歌手としての原点も綴られている。

『ゴールデン☆ベスト TOKIKO'S HISTORY』(Sony Music Direct)

「デビューして3年目だった1968年、ソ連の招待で演奏旅行に出たことがありました。ツアーがスタートした街がエストニア(当時ソ連領だったバルト三国のひとつ)だったのね。両親がロシア料理店をしていたこともあって、ロシア語は少しできたけど、エストニアで通訳に言われたのは、“あなたはロシア語で話しちゃダメ。聴衆の心が離れます”。バルト三国は、ソ連が嫌いな国だった。目の覚めるような体験でした。それ以来、海外コンサートでは、できるだけ現地の言葉で話すようにしています。歌と政治をめぐるそういった経験は、韓国やベトナム、ほかの国でもあった。事前に聞かされてなくて、悔し涙を流したことも。私は問題を曖昧にしておけず、どうしても、火の上を歩いてしまう性分なのよ(笑)」

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 今年、その1968年から50年になる。

「1968年は、パリではソルボンヌの学生たちが五月革命、チェコではプラハの春、そして日本では安保闘争と、世界中で学生運動が盛り上がった。あの時、願ったことは間違っていなかったと、いまも信じています。いま各地で戦争が起こり、日本も戦争に巻き込まれるかもしれない。そんな不安の時代に、もういっかい奮起しようよという気持ちが私にはあります。

 それと、去年、母が101歳で亡くなったことも、今回の作品をまとめるきっかけになりました。満洲から引き揚げてきた両親は、ともに半生を綴った本を私に残してくれたのだけれど、遺品を整理しつつそれらをじっくり読み返したんです。私も70年あまり生きてきて、人生を見渡せるところにまで来たということなのかな(笑)」

かとうときこ/1943年満洲ハルビン生まれ。65年東京大学在学中にシャンソン歌手としてデビュー。『TOKIKO'S HISTORY SINCE 1943 運命の歌のジグソーパズル』(朝日新聞出版)、『ゴールデン☆ベスト TOKIKO'S HISTORY』(Sony Music Direct)が好評発売中。

INFORMATION

コンサート「TOKIKO'S HISTORY~花はどこへ行った」

4月より公演中(全国4公演)。

運命の歌のジグソーパズル TOKIKO'S HISTORY SINCE 1943

加藤 登紀子(著)

朝日新聞出版
2018年4月20日 発売

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加藤登紀子「70年あまり生きて、人生を見渡せるところまで来たかな」

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