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連載近田春夫の考えるヒット

近田 春夫
2018/05/08

荒井、松任谷、呉田軽穂……ユーミンブランドを高めた“名前”の話――近田春夫の考えるヒット

『ユーミンからの、恋のうた。』(松任谷由実)

絵=安斎肇

 今でこそ松任谷姓を名乗っている“ユーミン”な訳だが、旧姓は荒井だ。かつて彼女は荒井由実だったのである。

 芸能人にとって名前は大きい。いやCI(コーポレーション・アイデンティティ)とかいうのも、現実社会では本来の意から少し逸脱して、もはや社名変更ってことでまかり通ってるんだから、商売すべてにいえるものなのかもしれないですけども。

 たとえばあーた。松田聖子が本名の蒲池法子のまんまだったらどーよ? ま、そのあたりは主観的領域なので、それぞれがお感じになってくださればとも思いますが、人気商売に於いては名前というものが時と場合によっては、なにかこう微妙なものも孕んで、いやもとい含んでいる気はするわね、たしかに……。

 記憶違いだったらゴメン。そういえばユーミンが結婚したての頃、荒井由実を松任谷由実にした理由についてなんかコメントしてなかった? いい回しはともかく、松任谷の方が荒井より有難みがあるゾ! みたいな、そんな内容ではなかったかと思う。

 強味は“松任谷”が芸名ではないところかね。てか、この尤(もっと)もらしい三文字が本名だからこその価値ってのはある。

 一方ペンネームはといえば呉田軽穂と、こちらは堂々お手軽な当て字風で勝負だ。

 セレブ感溢れる本名に愛らしい通称、如何にも職業作家的諧謔(かいぎゃく)を思わせるペンネーム。そんな“盤石の三本柱”といっていい名を使い分けてきたことも、彼女のブランド的価値を高めるのには大いに貢献を果たしたところであろう。

 日本で“ブランド力の重要性”について初めて言及したのは、カルロス・ゴーンだったと思うが、もっととっくの昔っからそのことに気づいていたのかと思うと、彼女の冷徹な洞察は本当にすごいなと、あらためて感心してしまう今日この頃ではあるが、そろそろ作品に触れねば!

ユーミンからの、恋のうた。/松任谷由実(ユニバーサル)

 私が好きなのはなんといっても『DESTINY』の歌詞だ。

 自分を捨てた男といつか会ったら、絶対後悔をさせてやるつもりで、どこへ行くにも必ずお洒落して出かけてたっつーのに、あろうことか、たまたま安いサンダルを履いていたときに出くわしてしまったぁ! 悔しいよぉ……と、要約すればそんな内容なのだが、主人公のこの発想のなんとも勝ち気というかお気楽というか、しかも作者のキャラとどうしてもダブってしまうのが、もう可笑しくって!

 俺なんか、惚れてた女がサンダル履いて買い物カゴ下げてるとこ目撃して百年の恋もさめちまったぁ! っていうアンサーソングを作ったことがあるぐらいだもん、マジで。

 おっと、今回のアルバムに『DESTINY』は入ってないのね。失礼いたしやした。

 個人的には、このアルバムは、前のベストに比べると、イマイチ選曲の格が落ちるってのが正直な印象なんだけど、ここはそれこそブランド力の問われる場面ではありますな。売り上げ的に今回の方が勝ちなら、流石(さすが)です。

ユーミンからの、恋のうた。/松任谷由実(ユニバーサル)活動45周年記念アルバム。前回の40周年記念アルバム『日本の恋と、ユーミンと。』(2012)には、レコード会社やスタッフの選曲により誰もが知っているヒットソングを集めたが、今回は、ユーミン自身が「いま聴いてほしい」と選んだ曲を収録したのだそう。彼女のレコードを買い集めた覚えのある熱心なファンの琴線に触れるであろう45曲。

今週の安いサンダル案件「ちなみにオレの作ったアンサーソングというかオマージュソングは、ビブラトーンズ時代の“昼下がりの微熱”ってやつだったんだけど、サウンドは松山千春の“長い夜”とThe Miraclesの“Love Machine”を足して2で割ったような実験的な作品です」と近田春夫氏。「よかったら検索してみてください」

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