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2018/05/06

 調査にあたり、教授がこう言いました。

「長谷川くん、君はこれから僕と一緒にお年寄りが痴呆であるかどうか、診断しなければならない。誰が診断しても同じ結果になるような尺度、スケールをつくりなさい」

 こうして私は、診断のために必要な項目を作り、結果が数値化できるようなスケールを発案しました。当初は不安だったけれど、実際に使ってみると、誰が検査してもほぼ同じ結果になる。その後、いろいろな研究を重ね、1974年に「長谷川式簡易知能評価スケール」として発表しました。

 スケール作りのために各地を回ったさいには、認知症の人がひどい扱い方をされているのを、たくさん目にしました。

 ある家では「恥さらし」「役立たず」とされて、納屋に閉じ込められていました。家で面倒を見られなくなると、精神科病院や老人病院に入れられるのですが、入院したところで病棟では何もすることがないから、隔離するだけです。さらには、手や腰を縛られて、拘束される。いまでこそ在宅介護やグループホームが一般的となりましたが、当時はそういう時代だったのです。

 戦争が終わってから歳月が経って、国民一人ひとりを大切にしようという理念が、日本の社会に少しずつ浸透していった。こうした風土が、今日の認知症ケアの土台となったのではないかと思います。

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 2000年には、認知症ケア職の人材育成を目的とした高齢者痴呆介護研究・研修センター(現・認知症介護研究・研修センター)が東京、宮城県仙台市、愛知県大府市に新設され、長谷川氏は東京センター長に就任。それまでは認知症患者を診療する立場だった長谷川氏が、ケア職の育成に関わるようになった。

 長谷川氏が考える、認知症ケアに必要なものとは何なのか。

 私が認知症ケアで大切にしてきたのは「パーソン・センタード・ケア」という考え方です。認知症の人を中心に考えるという理念で、イギリスのトム・キットウッドという臨床心理士が提唱したものです。

 認知症の人を中心にすると言っても、ちやほやしたり、言いなりになるのが良い、というわけではありません。必要なのは「認知症の人と自分は同じだ」と考えること。同じ目線に立って話すことが、とても大切です。

 また、衛生や食事、排泄などを援助する従来のケアに加えて、「その人らしさ」を尊重することも重要です。「その人らしさ」とは、明るい、几帳面、綺麗好きというような、単なる性格や性質のことではありません。それは、人生での経験や、周りの人々からの影響で作り上げられた、その人独自のユニークなものです。

 表面的には同じ性格に見えても、それを形成した背景は、人それぞれ異なります。その背景を粘り強く推し量り、「その人らしさ」を理解して、お互いに代えがたい存在であることを認め合う。認知症ケアには、そんな姿勢が求められると思います。

 では、認知症の人と接するとき、具体的にはどのようにしたら良いのでしょうか。

 話をするときには、こちらから何か話しかけるのではなく、相手が話し始めるのを待って、何を欲しているのか、耳を傾けるのが原則です。

 例えば、認知症の人が「今朝はとても寒いから、朝ごはんはいつものパン食じゃなくて、温かいお粥にしてもらいたいな」と思っているとしましょう。ところが、こちらが先に違う話を始めてしまうと、それに一生懸命答えようとして、自分が言おうとしていることを忘れてしまう。認知症の人は、頭のスイッチの切り替えがスムーズにできないのです。

 だから、何か言いたいことがあるんじゃないかな、というときは「どうしたの?」「何がしたいの?」と問いかける。これで良いのです。

 本人の願望を注意深く聞き取り、大切にしてあげること。これが本当の「パーソン・センタード・ケア」なのだと思います。

 私は、こうした日本の認知症ケアを、世界に広めていくべきだと考えています。