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2018/05/06

 アルツハイマー型認知症は、本人にとっても家族にとっても辛い病気です。

 発症すると、まず「時間」の見当がつかなくなります。先ほど私の症状として申し上げたように、今日が何月何日か、いつも確認しなければならないような状態です。

 さらに症状が進むと「場所」、さらには「人間」についても、はっきりしなくなります。

 場所の見当がつかなくなると、近所で買い物をするために外出しても、自宅に帰ることができなくなります。自宅を探して大慌てで走り出し、あっという間に遠いところまで行ってしまう。山林に分け入って、そのまま行方不明になってしまうこともあります。

 さらに、人間が分からなくなると、自分の奥さんの顔さえも忘れてしまいます。

 こうして、時間、場所、人間についての記憶が、それぞれ約3年ずつかけて失われていく。そんな症状の進行を遅らせることができるアリセプトは、たいへんメリットの大きい薬でした。

 ただし、症状の原因を取り除く「原因療法」になるような薬ではありません。状況を元に戻すことはできない。それで満足するしか、いまのところは仕方がないのです。

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 そのために、原因療法のための新薬の開発が期待されています。それに近い薬が発表されると、新聞で取り上げられることもあります。ですが、こうした新薬の副作用については報じられません。これは、非常に危ないことだと思っています。

 アルツハイマー型認知症を発症させる犯人は、脳に蓄積されたアミロイドβというタンパク質です。これを取り去るような薬ができれば、認知症を根治できるかもしれませんが、副作用も必ず起こります。ですから、それを抑える薬も、同時に必要になるはずです。

 しかし、原因療法のための薬ばかりが求められ、副作用を抑えるための薬が蔑ろにされている。いまの日本には、そんな風潮があるような気がしてなりません。これは、いまのアルツハイマー型認知症の治療をめぐる大きな問題点だと思います。

笑いを絶やさず、前向きに

 長谷川氏は2010年に刊行した『認知症ケアの心』(中央法規出版)の中で、認知症とともに生きるオーストラリア人女性、クリスティーン・ブライデンさんの言葉を引用している。

〈認知症の人はそれぞれがかつて自分を定義した複雑な認知の表層や、人生を経験するなかでつくられた感情のもつれから離れて、自分の存在の中心へ人生の真の意味を与える魂の核に向かって進んでいく旅の途上にいる。この旅を支えてください〉

 この「旅」をよりよいものにするためには、何が必要なのだろうか。そう尋ねると、長谷川氏はゆっくりと語りだした。

 一言で言うのは難しいけれども、私が認知症の人やその家族とたくさん語り合ってきた中で、1つ、感銘を受けた出来事があります。

 それは、ある講演会でのこと。自分は認知症だという男性が、こう言ったのです。

「笑いましょう。笑うということがとても大切なのです」

 それを聞いて私は、本当にその男性は「笑い」を大切にしているのか、知りたくなりました。住所を教えてもらい、了解をとりつけて、自宅にお邪魔したんです。その男性とは面識もなかったのに、いまになって考えると、ずいぶん大胆なことをしたものです。

 はっきり覚えていませんが、その家は確か、東京の下町のほうにあったと思います。実際に伺うと、男性は本当によく笑っていた。「先生がわざわざ来てくれたんだから、コーヒーでも淹れようか、ハッハッハ!」という具合です。奥さんも「ああ、そうだね。アハハハハ」と、こちらもよく笑っている。そうやって、夫婦で明るく楽しい時間を過ごしていたのです。これは、と思いましたね。

 認知症になっても、本人やその家族が笑いを絶やさず、前向きに生きていく。そのことが、とても素敵に感じられた出来事でした。

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