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後藤駿太の一軍合流で実現する“バファローズらしい戦い方”とは?

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/05/22

 ここは小さな町工場。ある朝、朝礼前の工場に社内電話のコールがこだまする。これからBs工場は新年度。福良社長・西村工場長以下、全社を挙げH社やL社、F社・M社・E社といったライバル社に先んずるぞと、意気揚々と業務開始時刻を待っていたタイミングだ。この時間の社内電話の内容はだいたい決まっていて「電車の遅延により到着が遅れます」とか「病院に寄ってから出勤します」とか、まぁ少々プロ意識に欠ける内容でも「すみません寝坊しました、すぐに向かいます」といったものがほとんどだ。

 しかし、今朝の電話は違っていた。本来、工場のエースの一人として本年度の生産ダッシュに貢献するべきメンバー、外野部門のキーマン・後藤駿太係長からの電話である。受話器の向こうの後藤係長はこう言った。「インフルエンザに感染しました。しばらく出勤出来ません」。福良社長以下全員が凍りついたはずである。

 それでなくても工場は、内野部門の責任者・安達係長の体調にも一抹の不安を抱えていた。潰瘍性大腸炎という難病だ。しかしそこはプロ意識の塊のような安達係長。しっかりと体調を整え、且つ安定の守備力と走力でまだまだ後進に道は譲らない。福良社長もほっとしたはずだ。さぁ得意の投手生産の強化を継続して着々と進めたい!そんな福良社長であるが、突如センターラインの片翼を欠き苦悩の日々が始まるのである。社長の顔を見て工場の全員が思ったはずだ。「後藤さんインフルエンザって……」。同時に長くお休みを取る形となった後藤係長、彼もまた長く成績不振と戦う事になってしまった。本人もさぞ思っただろう。「インフルエンザって……」。

春季キャンプでインフルエンザに感染し、出遅れていた後藤駿太 ©文藝春秋

Bs野球は「投手力を中心に守り勝つ野球」

 くだらない前置きは置いておいて、話を真面目な野球の話題に移そう。

 自分も長くBsを見ているが、実はBsの戦い方、言わばBs野球とは「投手力を中心に守り勝つ野球」である。「攻撃力が高い方が魅力的」とか「もう少し打のヒーローが必要だ」とか色々と意見はあると思うが、それでもBs野球はじゅうぶんに定着しているように思える。その証拠に投手の層の厚さではBsを12球団トップにあげる識者も少なくない。その辺りは投手優先のドラフトから一貫しており、チームとして少しもブレていない。しかし、そうなれば野手の守備力も同時にかなり重要になってくるだろう。特にショートとセンター、言わばセンターラインの重要性は著しい。広く守れて当たり前、鋭く殺せて当たり前、何なら打力には少々目を瞑るのでUZR値(守備指標)の高さが結果的にWAR値(総合指標)をプラスに押し上げるようなプレーヤー、そんな選手が要所で必要になるのである。

 ロックバンドで言うならば「ドラムとベースは少々地味なプレーヤーでも良いから、低音とリズムのコントロールに長けている事が必須」と言ったところか。そして更に「守り勝つ野球」を追求して行くと、今度は対戦相手の進塁を一つ手前に止めるプレーが求められるようになるだろう。捕球とレーザービームの組み合わせである。そう考えればセンター・宗佑磨の抜擢も悪い事ではないが、福良監督が推し進める「守り勝つ野球」からは少し逆行してしまったのかもしれない。